ある日突然、銀河連邦宇宙軍バーミリオン星カーマイン基地は恐慌状態に陥った。


侵入者!? 番外編
〜堕天使失踪事件〜


第一発見者は彼の者の副官、ライラ・キム中尉だった。
現在、ルシファード・オスカーシュタイン大尉の私室前に佇んでいる、
猫を思わせる容貌に、黒髪とコーヒーブラウンの肌のチャーミングな女性。(身長は180あるのだが)彼女こそが、そのライラである。
爆笑する上官に呆れつつ、所用を思い出して彼女がルシファードの部屋を辞したのが今から20分ほど前。
普段の彼なら、パープルヘヴンを読み終わり、笑いの余韻に浸りつつ、腹筋の痙攣に耐えているころだ。
そう、大まかな見当をつけて、ノックもなしに部屋のドアを開け、言い放つ。

「ルシファ? いい加減に寝る準備をしたらどう?」

ただでさえ、睡眠不足気味な彼のこと、このまま放置をしていたら、翌日の任務に支障が出るだろう。
いくら、任務らしい任務のない超平和な辺境のバーミリオン星だったとしても。

「…せめて返事をする努力くらいしなさい。笑いすぎで窒息死なんて、シャレにならないんだから。」

ため息をつきながら、部屋に踏み込み、ターゲットが死に掛けているであろう場所に向かう。
無論、彼女は少し前に彼が一瞬だけ(本当にほんの一瞬だけ)死にかけたということは知らない。
残念ながら、死因は窒息から大幅に外れてはいるのだが。

「ルシファ?」

目的地に到着したものの、そこにはルシファードはおらず、モニターとパープルヘヴンだけが机の上にあった。
なぜかモニターが、おかしな位壊れていたり、部屋の中が焦げていたりするのだが、そのときはあまり気にならなかった。
ライラはそのときを思い返してこう語っている。

「だって、ルシファなら何でもありだと思ったもの…。
笑っているうちに、サイコキネシスが暴走したとしてもおかしくはないでしょう?」

と。
事情聴取に当たった、ルシファードの同僚、ワルター・シュミット大尉は「寧ろ大いにあり得る話だ。」と、共感の意を表していたそうな。
事実、笑っているうちにサイコキネシスが暴走したのだが…
…話を元に戻そう。
ライラは机の上に置き去りになっているパープルヘヴンを手に取り、部屋の主にもう一度声をかけてみた。

「ルシファ? もう寝たの?」

彼女の見たところ、パープルヘヴンは表面が軽く焦げただけで、内容はきちんと読み取れるほどキレイだった。
流石は、基地内発行超有名ゴシップ誌、パープルヘヴン。略式表記がPHで、パーヘヴと読むのは伊達ではない。
返事が返ってくるのを待つ間、何の気なしに、ページをめくる。
と、同時に勢い良く、本を閉じた。

(また凄いイラストにあたっちゃったわ…)

本を机の上に置きながら、頭を抱える。
PH、それは腐女子による腐女子のための人畜有害な、ゲイの本。ぼーいずらぶ。
ヲトメ達の不健康な夢を、凝縮させたそれは、善良で神経質な士官を一人ノイローゼに追いやったという輝かしい経歴を持つ。
家主の返事がないため寝たものと判断し、ベッドルームに向かう。

「…いないじゃない。」

が、ベッドは、もぬけの殻だった。
その後、優秀な副官殿は、上官の部屋の隅々(そりゃもう、机の引き出しの三段目の奥の隅っこの辺り)まで探したのだが、ルシファードが見つかることはなかった。


◆◇◆◇


「…と、言うことなんです。それで、ドクターのところかと思い来てみたのですが、いないようですね。」

「そんな…大尉が行方不明だなんて…」

あれからというもの、携帯端末でコンタクトを図ってみたり(携帯端末は室内に置き去りだった)、
とりあえず同じ独身寮に部屋を持つ、ワルター・シュミット大尉のところへ行き、所在を確認したりしてみたが不発に終わり、
ライラの次なる心当たりを当たった結果が、現状である。
パール・ホワイトの輝きを持つ肌に焔色の瞳、青緑色の髪という、地球人系にはありえない色の取り合わせでありながら、その美貌は比べるに値する者さえいない。
そう、見るものに恐怖を与えるほどに。
こんな特徴を持つ者は、この星においては一人しかいない。
サラディン・アラムート大佐。
ライラの前には、ドクター・サイコの愛称で親しまれる彼の姿があった。
ちなみに、彼は戸籍上は地球人系の混血種となっているが、実際には絶滅種の蓬莱人の生き残りであったりする。(極秘事項)

「…一応、ミツガシラ少尉の所に連絡を入れてみましょう。」

確かに、メカフェチ…というか、ぶっちゃけコンピュータオタクのルシファードであったなら、同類のマコト・ミツガシラ少尉の所に借り出されていてもおかしくはない。
隠し切れない動揺をそれでも何とか隠し、外科医局から件の少尉の所へ連絡を入れてみるも、こちらも空振りに終わった。

「どうしたんだ? キム中尉。こんなところにくるなんて珍しい。大尉ならいないぞ。」

そこへ訪れたのが、兎を思わせる白いふわふわの髪に、オレンジ色の瞳を持つ少年…ではなく、白衣をまとった人物が。
いつもどおり、空いた時間にサラディンの医局を訪れた、カジャ・ニザリ中佐である。
少年のような外見でありながら、実年齢150歳という非常に恐ろしい状態になっている。
白氏と呼ばれる長命な種族に見られる特徴だ。
まぁ、20代後半の青年に見えながらも227歳というサラディンも大差ないが。
ちなみに、サラディン、カジャ両名はそのマッドさ故に、基地内に無数に生息する屈強な筋肉ダルマどもを震え上がらせている。
いやいや、マジで。

「ドクター・ニザリ、その大尉の姿が見えないのです。」

ライラが、再びこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
その間、サラディンは何をするわけでもなくただひたすら、ルシファードの行きそうなところを模索していた。
あまり、外を出歩かないサラディンには心当たりがあろうはずもないのに、である。
今の彼なら、たとえ新鮮な死体が入荷したとしても、趣味の解剖をする気になれないだろう。
漠然とした不安。
そう、例えばあの狩る者達が、間近に迫っている時のものに近い。
心臓をピアノ線でキリキリと締め付けるような、苦しさ。
それが、ライラの姿を、彼女の表情を見たときから、纏わりついてはなれない。

「……大尉が、行方不明か。確かに、それはおかしいな。」

サラディンが焦燥に駆られている間に、ライラの説明が終わったようである。

「カジャ、何か心当たりはありませんか?」
「私に心当たりがるわけないだろう。」

やや憮然としながらも、友人に応じる内科主任。
普段あまり感情を顕わにしない外科主任の不安が、微弱なテレパスを持つカジャにはひしひしと伝わってくる。
無論、カジャ自信も心配していないわけではないが、
この例えようのないサラディンの不安が、いったいどこから来るものなのか、皆目検討が付かなかった。

「結局ここにも、いなかったのですね。失礼しました。もう少し基地内を探してみます。」
「待ちたまえ、キム中尉。」
「何でしょう、中佐。」

ライラは、外へと向かいかけた足を止める。

「私も協力しよう。」

思いもよらない申し出に、ライラは軽く目を見開く。

「しかし…」
「どうせ外来のない夜間、私は暇なんだ。それだったら少しくらい動き回っても問題はない。普段の運動不足の解消にもなる。何か反論は?」
「ありません。サー。」
「よし、では行こうか。サラ、君はどうする?」

話が付いた所で、カジャは外に出る準備を進めながら、さり気なく友人に尋ねる。

「何を…ですか?」
「大尉を探しに行くかと言う話だ。…ああ、私だ。私はこれから少し外出…」

話の後半は、内科医局に外出の旨を伝える連絡となっていた。
無論、サラディンにその提案に対する否はない。

「勿論、私も同行させていただきます。」
「待ってください。たかが、中身がどうしようもなくガキで天然でそのくせ外見はやたら色男で男たらしな大尉のために、ドクター・アラムートの手まで煩わせるわけにはいきません。」

サラディンが二つ返事で了承したところに、待ったがかかる。

「いいえ、どうしてもいやな予感がするので、同行させていただきますよ。理由はカジャと同じで…
……それに、もし今の精神状態のままで、中心前回付近の腫瘍を取り除く緊急オペが入ったとしても、うっかりして扁桃体を切り落とす…などとという失態を演じてもおかしくありませんし…
「ドクター?」

最後のほうの呟きがよく聞こえなかったのか、ライラはサラディンに聞き返す。

「いえ、私的なただの独り言ですので。とにかく中尉、私も同行しますよ。そうですね、これは命令ということで。」
「い、イエス、サー。」

直属ではないにしろ大佐命令とあっては、一介の中尉に過ぎない彼女では従わざるを得ない。
もろもろの事情からの申し訳なさを感じながらも、ライラは内心、

(麗しのドクターズがセットで同行してくださるなんて…これは、もう、両手に花としか言いようのない状態ね)

と、役得を感じていたという。
それはさておき、

「ああ、少なくとも基地内には居る。」

指示を終えたカジャが内線を切って振り返ると、サラディンもまた医局内にいたナースに申し送りを終えたところだった。

「それで、中尉。次はどこへ?」

ライラは、にやけそうになる頬を引き締めた。

「はっ、次は宇宙港の方へ向かおうと思っていました。」
「なるほど。そういえば大尉は宇宙には特別な思い入れがあったようですね。悪くない選択だと思います。では、参りましょうか。」

カジャも、サラディンもライラの選択に納得し、一行は軍病院を後にした。


◆◇◆◇

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