…その後…。 宇宙港に行ってはみたものの、やはりスクリーングラスを身につけた彼の姿は見えず、他にも、 AFS格納庫、仕官食堂、果ては射撃演習場など等まで見てみたが、結果は同じに終わった。 途中、美しい微笑を湛えたサラディンにルシファードの所在を尋ねられた下士官が、涙目になりながら意味もなく赦しをこうたり、とか。 ライラが、AFSの股の下を覗きつつ、「ルシファ〜、早く出てらっしゃい。でないと今夜は寝かせないわよ〜」などと、いろいろな意味で恐ろしい事をのたまっていたり、とか。 カジャが、ガードのかかっていない顔写真ポスターを見つけたために、嬉々として睫毛やら髭やらを大量に増産させてみたり、とかしていたりしたのだが…… と、とにかくルシファードの姿は長い黒髪の一筋をも目にすることはなかった。 「まったく、普段あれだけ悪目立ちするくせに、こういうときばかり見かけないのはどうしてなのかしら。」 「キム中尉。心中を察するぞ。あの大尉の長身のどこをどうしたら、こうまで隠しおおせるものか…。 体中の関節という関節を外してトランクに詰められてでもいない限り、この状況の説明がつかん。 それとも、私は一度、目の検査をするべきなのだろうか。」 「そのご心配には及びませんわ、ドクター・ニザリ。ドクターが目の検査をする必要性がある確率よりも、大尉がトランクに詰まっている確率のほうが高いんですもの。 ルシファならかくれんぼなどと称して、そこまでやってていも驚きはしませんわ。 これから、基地内にあるトランクをすべて開けるのは、この上ない重労働ではありますが。」 一向に姿を見せない中隊長に、怒りを覚えたライラとカジャの二人は、道を歩きつつ盛大に毒をぶちまける。 「はぁ、一度ルシファの部屋に戻ってみようかしら。ドクター、よろしいですか?」 「いいだろう。ひょっとしたら行き違いか何かですでに部屋に戻っているかもしれないからな。」 「………。」 ライラは一つため息をついて、一度引き返す旨を二人のドクターに伝えた。 が、サラディンからの反応がない。 先ほどから沈黙を保ったままの彼の目は、あてどもなく宙を彷徨っている。 「あの……、ドクター・アラムート?」 「……え、あ、はい。何でしょう?」 どうやら、サラディンの意識は思考の奥底に沈んでいたようである。 「サラ、一度大尉の部屋に戻るそうだ。それとも、どこか他に心当たりでもあるのか?」 「いえ、特にはありません。それにしても、大尉は一体何処へ……。」 一時浮上したものの、再びサラディンの意識は深く深く沈みこんでしまったようである。 (ドクター・アラムートにこんなに心配させるなんて……。見つけたらただじゃおかないんだから。このまま愛想つかされて、離れて行っちゃったらどうするのよ。 せっかくドクターを間近で見ていられるように、ルシファとっくっつける計画を立てたのに。それがすべて台無しなるじゃないの。) などと、ジャイアニズム炸裂中なライラは、今や何を発端としているか判らない怒りを抱えながら、件の事件現場に向かった。 そして、ライラは今二人ほど同行者を増やして再び部屋の前に佇んでいる。 「先に言っておこう、キム中尉。もし、ここに大尉が居たならば、私は彼に復讐をしようと思う。止めてくれるな。」 扉を前にした三人のうちの一人…カジャが口を開く。 「そんな止めるだなんて…。寧ろ協力させてください。思う存分やっちゃいましょう。」 「そうか、なら遠慮はしないぞ。」 迷惑をかけられているという意識の強い二人は、こっそりタッグを組んだ。 カジャだけならともかく、ルシファードが『おっかない』と称してはばからないライラが敵に回ってしまった今、哀れな中隊長には勝ち目がないと見て良いだろう。 ともあれ、三人はルシファードの私室に入った。 「ルシファ、いるー?」 「…………いない様ですね。」 その部屋はライラが先ほど後にしたときのままで、人の気配は欠片もしなかった。 幾分落ち込んだかのように、サラディンがつぶやく。 その時だった。 「………っ!!…」 「カジャ?」 急に、白氏が頭を抱えてうずくまった。顔色が、悪い。 「ドクター!?」 「…っぁ、…頭が…痛……い。」 慌てて、ライラがカジャの体を支える。 カジャは己の白い前髪を鷲づかみにして、何とか痛みに耐えようとする。 「誰だ、こんなに、思念を、垂れ流……しにして!!」 「思念? あなたのテレパス能力が原因なのですか!?」 「ぁぁ、その…、…ようだ。おそらく、…ひ、一人によるものではない。それが、一度に大量に…私の、許容、量を超えて。」 すでにカジャは支えられても、立ち上がれないような状態に陥っていた。 「それにしても、ここまで苦しんでいるのに、部屋に入る前では何の反応がなかったのはなぜでしょう。」 「それより、早く病院に戻られたほうが!」 「そ、そうですね。」 親友の急変に思考が追いつかない蓬莱人と、上官が行方不明の副官は、慌てて部屋の出口に向かう。 が、部屋を出る寸前、 「…メル…ヘー……ン……」 という、謎の言葉を呟いて、とうとうカジャはその意識を手放してしまい、病院に運び込まれた彼の意識が戻ったのは、翌日の朝のことであった。 それと同時に、カーマイン基地の恐るべき日々が始まった。 前日の夜、ライラ達がルシファードを訪ね歩いていたため、自然とルシファードの姿を探すもの達が増えていったのである。 しかしながら、当のルシファードの姿を見たものはおらず、今や基地中のあちこちで”オスカーシュタイン大尉、失踪”の噂が飛び交っていた。 中でも、その噂の広がりに絶大な効果をもたらしたものが二つある。 一つは、基地内で恐れられている悪名高きパープルヘヴン。 その編集者達は急遽早朝会議を開き、PHの号外『オスカーシュタイン大尉特集』を発行することに決定した。これは、昼ごろには出来上がるであろう。 もう一つは、軍病院のナース達(主に女性の)である。 彼女らは、ドクター・サイコと恐れられるサラディンと同じ職場にいるためか、恐れを知らない。 それゆえに、院内における彼女らのありとあらゆる噂(それはもう、ある事ない事にかかわらず)に対する能力は、PHを超えていると一部では言われるほどのものである。 そんなこんなで、基地内の女性陣が騒ぎ立てるものだから、それは男性陣にも伝染するというのが世の道理。 「なにぃー! オスカーシュタイン大尉が行方不明だとぉ!!」 このような声が、朝食中の食堂に響こうものならば、そこを震源地とした波が部屋中を駆け抜け、我先にと当の大尉を探しに食堂を後にするのである。 それからは、もう、目も当てられないほどのものだった。 女達は、大尉のお姿を拝めないことで嘆き悲しみ、自らの慰めとしてPH誌の無駄にキラキラに加工されまくったルシファードを眺めた。 このおかげで、PHのバックナンバーの需要は急騰し、高値で裏取引されたとかされないとか。 男達も同様で、そのいかつい顔にある目から、滂沱の涙を流し、『オスカーシュタイン大尉捜索隊』を結成し、基地内、基地外問わず捜索を開始した。 まさに、浮き足立つとはこのことである。 軍上層部はこの事態を放っておくこともできず、緊急会議を開いた。 が、対してよい提案はなく、ルシファードに対して反感を持つごく一部の人間(特に、育毛障害をもつとある男性)からの、愚痴を全員で聞いただけで会議は立ち行かなくなってしまった。 「…と、言うことなんです。」 ここ数十時間のうちに、人に対する説明を幾度と繰り返したためか、かいつまんで説明するスキルがかなり上達したライラが、二人のドクターに対して説明をしていた。 「なるほど、道理で私が目覚めてから妙に騒がしいと思った。結局、その後大尉は?」 「見つかっていません。」 「そうか…」 ライラの報告を聞いて、幾分か気落ちしたものの、気を失っていたカジャは、すでに回復し意識をしっかりと保っていられるようになっていた。 場所も病室ではなく、外科医局である。まぁ、さすがに日も傾きだしたころなので、当然といえば当然だが。 一方、もう一人のドクター、サラディンは逆に目は空ろで、心ここにあらず。と、言った状態である。 「まったく、ルシファには困ったものです。いたらいたで問題起こすわ、トラブルがよってくるわで大変なのに、いなかったらいなかったで、こうまで大騒ぎになるなんて。真正のトラブルメーカーとしか言いようがないわね。」 「私も、そう思う。基地指令の哀れなブレッチャー大佐には私からだといって、胃薬をダース単位で処方しておこう。」 「ドクター、それはそれで嫌がらせになっていませんか?」 「無論だ。飲むか飲まないか判断に難しいように、髑髏マークのラベルも張っておいてやろう。こういうとき位、誰かに八つ当たりをしてもかまわないはずだ。」 ふふん。とでも笑いたげに、カジャはのたまった。 彼なら、本当に危険な薬を渡しかねない。 「ところで、ドクター・ニザリ。昨夜、気絶する寸前に何かおっしゃっていませんでしたか?」 「あ、…ああ。あれか、あれは、あの時流れ込んできた思念のうちの一部だ。 他にも…なんだったか。キュウビ、とか、チャクラとかホカゲとか、いろいろと意味不明な単語が流れ込んできたんだ。」 「確かに、意味のよくわからない単語ばかりですね。」 「カジャ、あなたはあの場に着く以前に、それらしい兆候などはなかったのですか?」 それまで、沈黙を保っていたサラディンが急に口を開いた。 「いや、何もなかった。あの部屋に入ったとたん、ああなったんだ。それがどうしたんだ?」 「いえ、ただ、なんとなく気になったもので…」 「キム中尉!!」 再び、サラディンが沈黙しかけたところで、意外な人物が飛び込んできた。 「アダン曹長? 一体どうしたと?」 褐色の肌をした巨漢の曹長に、ライラが尋ねる。 「オスカーシュタイン大尉の部屋から、大変なことがわかりました。」 「なんですって? 詳しく説明しなさい。」 アダンの言葉に逸早く反応したのは、ライラではなく、外科主任のほうだった。 「イエス、サー。 実は、キム中尉の許可を得て、『オスカーシュタイン大尉捜索隊』のメンバーが、大尉の部屋を捜索していたところ、自然には起こりえないほど大きな空間の歪みが検出されました。」 「空間の…歪み?」 ライラが、単語を捕らえて先を促す。 「イエス、マム。私には技術的なことはさっぱり判らないので、詳しくは申し上げられませんが、どうやら宇宙船が星間移動をする時に示す反応と同様らしく…」 「つまり、ルシファはこの星にはいないということが仮定されるわけね。何処の歪みが大きかったの?」 「それは…、机の上にあるモニターと、基地内発行の例のゴシップ誌の付近です。なぜかは判りませんが。」 少し考え込んでから、優秀な副官殿は口を開いた。 「…ちょっと待って、その、机の上にあったモニターって…壊れていなかった?」 「イエス、マム。こぶし大の何かで叩かれたのだろうと推測されます。」 「……あー、あの馬鹿。ほんっとに、どうしようもないわ。その状況じゃ、PCリングも壊れていてもおかしくないし…帰ってきたらどうしてくれようか…」 一人で考え込み、一人で納得するライラに、その場にいる誰もが不振な目を向ける。 「ルシファったら、超能力を暴走させて他の星に飛んで行っちゃったみたい…」 一同の目線に促されて出た言葉は、えらく極論したもので、事情のわからないものにはまったく理解できないものだった。 ◆◇◆◇ 「キム中尉。もう下がってかまいませんよ。」 「はっ。失礼します。」 そう言って敬礼し、ライラはその部屋を後にした。 ここは、ルシファードの所属する連隊の連隊長、アレックス・マオの居室である。 ライラは、事実(といっても、その大半が憶測に過ぎないのだが)が判明した後、事態を重く見て、大隊長をすっ飛ばしてある程度事情を知るマオ中佐の元へと報告に来ていたのだ。 「さて、と。どうしましょうか。」 窓辺により、空を見上げる。 陽はすでに落ち、辺境の惑星から見える星々が瞬く。 「O2、あなたの息子は、あなた並にトラブルを持ち込む体質ですね。」 青春時代の上司に思いをはせつつ呟き、第六連隊長はとあるところに連絡を取るべく、窓辺を離れた。 −終− あとがき(ってーか、言い訳) なんかいろいろ書いてみました。 つい最近まで書いてあったのも忘れていたのもありますが、結構時間がかかったと思います。 なんていうか…辻褄あっていないかも…(こわっ) 鴉のわからない人に鴉をわかってもらおうという目的で書き始めたものの、ますます判らなくなるのがオチなような気がします。 しかも無駄に長い…いやはや。困りました。 星間航行の方法なんて知らないので、そのあたりは適当です。スミマセン。 場面転換の多さも未熟さの極み(ぐはぁ) 最後に、AFSとはアフスと読んで、ぶっちゃけロボットです。 でもって、PCリングとは超能力者の能力を抑制する機械で、力の弱いものが装着すると昏倒するという厄介なものです。 ああ、こんなあとがきで解説つけている自分がイヤになってきます。 長文にお付き合い頂きありがとうございました。 それでは。(逃走) |