大浦地区 木越町の昔話 その@
そのAへ

蓮如上人(れんにょ しょうにん)の五色八重梅
木越町の福千寺に毎年三月下旬になると、一本の幹から五色の八重梅が咲く、不思議な老木が
あり、こんな伝説が今につたわっている。
この梅の木がここに植えられたのは今から五百年前の飢饉や応仁の乱の戦のあった室町時代
であった。
そのころ、一人の僧がこの木越村にやってきて念仏の教えをひろめていた。
この僧こそ、第八代本願寺の法王である蓮如上人であった。
そんなある日、蓮如は京都に帰ることになり、「長い間お世話になりました。私がいなくなっても、
どうぞ念仏の教えを大切にして下さい。」と村人に別れを告げていたところ、道場の主である道休
は、さみしさをこらえながらも、「お名残りおしゅうございます。どうぞいつの日にか、再びこの木越
村へ起こし下さいませ。」と涙にむせびながらお礼とお別れをのべました。
そんな姿を見た蓮如は、去りかねて、持っていた杖を庭の隅になぜか逆さに突き立て、「この梅
の杖を私と思って、これからも念仏を申して下さい。」と、言って村人や道休に別れを告げていった。
なんとその後、不思議なことに、この逆さに植えた梅の木の杖に根がはり、赤青白桃黄色の五
色の八重梅が咲いたのであった。
村人達は、その奇瑞に驚き、今更ながら蓮如の徳を慕い喜びあった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから後、江戸時代の事であった。
加賀藩の前田藩主が木越村を通った時、どこからともなく漂ってくる梅の香りに誘われて、この
梅の木にやって来た。
殿様は、五色に咲く見事な木をとても気に入り、城内に持ち帰って育てられたが、どうしたことか
一向に花も蕾もつかなかった。
この梅はやがて、木越村のもとあった所に返された。
すると、梅は見る見るうちに成長し、以前のように見事な五色の花を咲かせたのであった。
いつしかこのことが殿様の耳に入り、蓮如の植えた梅ならば、さもあろうと、感心し、村人はその
のちも大切にそだてていったのである。

![]()
ながぁーい長いお話
子供達が「そんな短い話はいやや。もっと長い話を言って」
と催促した時に、親が「それじゃ、長い長い話をしてやる」と
言って言い聞かす話です。
子供はどんなに長い話かと思ったら、親は「天の底から、な
がぁい長い長い長い、長い長い長いながぁいスベ(稲のつい
ている葉)が下がっていたといや。これで、おわり。」と言う。
子供は「ほんなダラな」と言うと、親は「天の底から長いスベ
が下がっとれば、こんな長い話はなかろうや」と言った。
![]()
和尚と小僧
昔々あったということです。とても厳しい和尚さんがいて、いつも
小僧さんをいじめていたそうです。
ある日小僧は、和尚さんが何をしているのかと思ってそっと見ると、和尚さんはかめの中から
おいしいじろ飴をなめていました。
小僧は「和尚さん、和尚さん、それは何ですか」と聞くと、和尚さんは「これはお前達がなめる
と死んでしまうものだ」と言いました。
それからしばらくして、小僧は和尚さんがお参りにいったときに、こっそりと飴をなめ始めました。
「こりゃうまい、うまいじろ飴だなぁ」と思ってなめている間に、かめはからっぽになってしまい、
小僧はどうすればいいか困ってしまいました。
そうこうしていると、和尚さんが帰ってきたので、小僧は和尚さんが一番大事にしている皿を
バーンと割って泣き始めました。
それを見た和尚さんは、「私の大事にしていたお皿を割ってしまってどうしてくれる。」と言いました。
すると小僧は「和尚さんに申し訳ないと思って、このかめの中のものを全部なめて死ぬつもりで
したが、全然死ねませんでした」と言ったそうです。