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(C)2003
Somekawa & vafirs

なごり雪

vafirs

 私は呑ん兵衛である。
四十歳を過ぎて、さすがに昔のように痛飲することも無くなったが、
三月初旬の日曜日、前夜の酒のせいもあって、久しぶりに朝寝を
決め込んでいた。
うつらうつらする中、家の前で近所の子供の遊ぶ声が聞こえた。
子供たちの遊びの中心が、テレビゲームなど部屋の中でのものに
なった為か、最近めったに屋外でとび回る姿を見ない。
そのせいもあって、雪のちらつく薄日の中に聞こえる無邪気な声が
とても新鮮に感じられた。
 気だるい体を寝床から引き剥がすように起き上げ、
旨くないとは知りつつも紫煙を1本くゆらせた。
その時私の心の中に、ある記憶が蘇ってきた。
アルバムから抜け落ちてきたような、セピア色の少年時代。
色あせた呑ん兵衛の少年時代か・・・。
せつないような、あったかいような、
ちょっと苦しいような、ほんのり酸っぱいような、
そんな昔日の情景を紡ぎながら、私は独り自嘲気味に笑った。
タバコ臭くも、酒臭くもなかった、あの頃・・・
                 そう、
                 あれは
       小学校四年生の三月頃だった・・・・・・

 五歳下の弟の健治も、幼稚園が休みで、
二人で留守番をすることになった。
「健治と遊んであげてね。3時ごろ帰って来るさかい。
 ストーブにも気つけまっし。」
パート仕事へ出かける母は、いつも決まってこう言い残す。
「そんなこと解かっとるって」

 四年生の私にすれば、一緒に遊ぶというよりも、しっかり面倒を
みるという感じだった。その頃の五歳の年齢差は、自分にとっては
大人と子供である。
兄としての責任感は、それなりにあったのだろう。
ちょこまかと走り回る弟に、ストーブと、
回りに干してある洗濯物・・・。
テレビを見ていても、結構気を使うものだ。
 さて、いかにして彼を楽しませるか?
掃除機に跨らせて、戦車ごっこ。
ミニカーを家中に配置して、バス会社ごっこ。
こたつの天板をずらして、すべり台。
こっちが無表情で歩き回る、ロボットごっこ。
札幌オリンピックの競技マークを作って、
あっちこっちに張りつける、オリンピック会場ごっこ。
「健治、ブロックでジャンプ台作ってみんか」
「おにいちゃん なにするが?」
「粘土で笠谷選手作っちゃるわ」
 弟の目線へ降りていく。弟の意識と一体になる。
そんなことが、得意だった。
彼も、嬉々として夢中で遊ぶ。
そんな輝く瞳を見て、私も兄として喜んでいたのだと思う。

 「かーわーだーくん」

森山君が遊びに来た。
「キャッチボールせんけ?谷口君も町広場におるぞ。」
「いま、だめねんて。健治見とらな いかんげんて。」
「ほんなら、おわったら来んか。町広場におらんかったら、柿丸公園
 に おるかもしれんわ。」
森山君は、そう言って、私がいつも貸してもらっているグローブを
置いていった。

“キャッチボールしたいな。早くお母さん帰ってこんかな”
私は、急速に「ごっこ遊び」の熱が冷め、
時計ばかりを気にし始めた。
「おにいちゃん、なんかして あそばんが?」
「もう遊ばんがや。」
「なんでやぁ?」
「なんででもや。テレビ見るし、一人で遊んどらんか。」
もうすぐ3時、もうすぐ3時。
 弟は、すこし寂しそうに競技マークをこたつの上に並べていた。
私の心は、既に仲間のもとにあった。

 ところが、3時を過ぎても母は帰ってこない。
“なんしとらん。3時になったがいやぁ”
私は、だんだんと苛立ち、あせりだした。
“早くせんと、谷口君とか帰ってしまうがいやぁ”
 時計の針は、3時半を指している。
「健治、一人でうちで遊んどらんか。
 お母さんもうすぐ帰って来るし。
 お兄ちゃん、森山君のところ行ってくるわ。」
「えー、いいが? おにいちゃん外出ていいが?」
「・・・・・」
 私は、悶々とした気分で時計を見つめていた。
ストーブもつけっぱなしだし・・・
やはり、弟を一人にしてはおけなかった。

 4時過ぎに、ようやく母が帰ってきた。
私は、わざと足をドンドン踏み鳴らして玄関へ向かった。
「なんしとらん!3時って言ったがいや。
 森山君ら2時ごろ来てんぞ。
 柿丸公園におらんかったら、どーすれん!!」
私は込み上げる怒りと悔しさで、一気にまくし立てた。
「ごめん、ごめん、ありがとね。
 健治、お兄ちゃんと遊んでもろたんか?」
弟はうなずいていた。
「ほーか、よかったね、お兄ちゃん、ありがとね。」
私は目をつりあげたまま、グローブを抱えて、
急いで自転車に飛び乗った。
あー、やっと開放される。やっと遊べる!
晩冬の風が、暖房でほてった顔に気持ち良かった。

 西の空は、暗かった。
北陸特有の、どんよりとした雲が泣き出しそうな空を
支えているようだった。

『ほーか、よかったね、お兄ちゃん、ありがとね。』

少し、気持ちは落ち着いていた。
と同時に、気持ち良かった風が、冷たさを増したような気がした。
町広場に森山君たちはいなかった。
“柿丸公園か、ちょっと遠いな”

 『ごめん、ごめん、ありがとね。』

 北へ向きを変えて走る私の目の前に、
精練工場の煙突から吹き上がる黒々とした煙があった。
重く暗い濃灰紺色の雲と並走するように、
遥か頭上を駆け抜けて行く煙は、
やがてその色を雨雲に移し終えると、
たなびく速度を失いながら、空にいだかれ、
包みまぎれるように消えていった。

 柿丸公園にも、仲間たちの姿はなかった。
 だからといって、とりたてて悲しくはなかった。
 キャッチボールの事も、頭からは消えていた。

 『ありがとね。』

 うっすらと、目じりに涙が浮かんできた。

 強く冷たい北風を受けたからなのか・・・・

 雲になれなかった煙突の煙のせいなのか・・・・

 冷え切った背中を、だいぶ弱くなった北風に押されながら、
ぼんやりと近づいてくる自分の家を見ながら、思った。
“明日は、健治と、何して遊んでやろうかな”

  雨雲だと思っていた空から、「白い大きな綿」が降ってきた。
  これが、その年の、冬の終わりを告げる雪になった。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。