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(C)2003
Somekawa & vafirs

『巡業バスは行くよどこまでも その弐』

千樂 一誠

前回はマスターから久々に原稿のご依頼を頂き「巡業バスは行くよどこまでも その壱」として書かせて頂いたが、原稿をお送りした後、 マスターから「タイトルに、その壱、と書かれているということは、その弐もあるのですか」と問われた。
私のような不埒者が大した事をお書き出来るわけもないのだが、巡業で過ごした時間はたっぷりとあり、また、ごく一般的な方々と違って、ライブな商売柄、エピソードには事欠かない。
「またいつかその弐を書かせて頂くつもりでした」
ならば続けて書いてみては?というのがマスターのご意見であったので、続けて書かせて頂く事にした。
今回もカラーが同じになるのは、どうかお許し頂きお付き合い願います。

私は役者としては大成もせず、のんべんだらりと過ごしてきた人間だが、修羅場も含め、それでも面白いことばかり経験してきたなあ思っている。
”きた”と言うと過去形だが、ノーノー、人生これからもコンティニューだぜ。
さて、巡業とは何かについては、前回書かせて頂いたが、初めて読まれる方もいらっしゃるかと思い再度書いておく。
(以下、補足抜粋)

芝居の巡業とは、一定期間をかけて全国あるいは一部地域をめぐって公演を行う旅公演のことである。
昔は巡業と言われていたが、現在、巡業と言う言葉自体、相撲以外ではあまり言われなくなり巡業自体も少なくなっている。
私がとんがりまくっていた頃の巡業は、大別して
@「松竹、東宝系」の大企業が行う巡業
A制作会社や興行元によるプロデュース巡業
B劇団巡業
の三つである。
言ってみればお財布の大きさの大中小である。
巡業は言葉のとおり各地を巡って公演するので当然移動が必要。
移動の手段は@〜Bで大きく違う。
@は基本的に電車または航空機。
バスは駅や空港からの移動に使う。
移動がゆったりとなるので非常に楽。
給金が割り増しになる巡業も多かった
Aの場合は興行元にもよるが、ほとんどバス移動。
公演地のホールや会館からバスに乗って次の公演地またはその近隣に移動する。
乗り打ち(公演場所に移動してすぐ設営。公演終了後はまた次へ向かう)もよく行われる。
車中泊となることもある。
Bは劇団の規模によるが、小さい劇団ではワゴン車などでの移動。
私の所属した劇団では八人乗りワゴン車と4tトラックで移動していた。
@の巡業は数が少ないので、私の場合、巡業と言えばAとBが多かった。
(以上、説明終わり)

と言うことで、今回はバラエティー版になるが、やはりAの巡業での出来事をいくつか集めてみた。

☆M氏のウーロン割り☆

ある時、私に、またAの巡業の話が来た。
座長は、任侠ものや「遠山のKさん」でおなじみ、親子二代にわたり京都映画ではトップを勤めた俳優のM方氏(故人)で、東京明治座1ヶ月公演を皮切りに、 名古屋御園座1ヶ月、それから同じ座組みで巡業に入り関西方面まで約2週間。
移動は全てバスである。
M氏の酒豪は有名である。
楽しみと言えば、当然、飲むことと、そして釣り。
青森県大間でビッグサイズのマグロを釣り上げ、新聞やテレビで取り上げられたのを覚えている方も多いと思う。
昔、京都の撮影所で撮影中の空き時間に近所の釣堀でM氏が糸を垂らしていたのを見たことがある。
撮影所の近辺は俳優がカツラをつけたまま浴衣で歩いていたり、喫茶店や定食屋、はたまたパチンコ屋にいたりする。
M氏は時代劇のカツラのまま釣堀に行っていた。
カツラをつけ、浴衣姿の男が、夏の真昼間、裾をまくって胡坐をかいて汗をかきかき真剣そのものの表情でフナを釣っている。
なんか妙な感じで眺めていたのを覚えている。
ちなみに黄門様役だったS見氏は、麻雀好き。
撮影の合間に扮装のまま麻雀をする。
私は目の前の黄門様が「ロン、三色ドラドラ満貫わっはっは」と言ったのを覚えている。
巡業の話に戻る。
例によって、公演が終われば全員バスに乗って次の公演地へ向かうのだが、そこは映画スターのM氏。
「自分が一緒に乗っていては、皆に気を遣わせるだろう」と自分は別途、ワゴン車をチャーター。
マネージャー氏が運転し、お供は付き人ではなく、ヘネシーと氷だ。
我々は、弁当を頼んでおいてプシュッと開けた缶ビールとともにバス車中で食べるのだが、そこは映画スターM氏。
移動中は食事とともに、ブランデーをぐっといく。
ホテルに到着した時には、車内にはいつもヘネシーの空瓶が転がっているという寸法。
巡業中のある時、M氏主催の食事会が催された。
会場はM氏おなじみの焼肉店。
店は円卓10人掛けがいくつも並んでいる。
せっかちなM氏は、定刻より早く到着すると私達を同じテーブルに呼び、「さあ、今日は食うぞ!おい皆、何飲むんだ?ビールか、他のやつらも何飲むんだ」と周りにも聞いた。
皆どうしようか迷っていると「俺はまず、最近はまっているウーロン割りだ。ウーロン割りの奴は何人だ」
皆で数えるとウーロン23。
M氏、ウエイトレスを呼んで「お姉さん、いつもの23とウーロン。あとは適当に聞いてやって」
暫くして、おねえさんの運んできたワゴンを見て、愕然とした。
JINROの大瓶23本が揺れている。
それらは、程なく一人1本ずつ配られた。
M氏は「遠慮するな、無くなったらドンドン頼めよ」とニコニコしながら言った。
私の記憶は、肉の煙の向こうに消えていった。

☆S氏のジャージ☆

中村梅之助さん以外に、同じく「遠山のKさん」で有名な俳優と言えばS氏だろう。
歌ではSま風をヒットさせている。
ストイックな性格で、自身は勿論、ほかの出演者にも大変大変厳しく、そしてコワイお方である。
そのS氏の巡業の時のこと。
その巡業では、座長S氏から巡業参加者全員(スタッフ含)にジャージ上下が配布された。
ジャージの背中には「SR太郎 全国公演!」の文字が躍っている。
巡業中はこれを着るようにとのお達しだ。
ある時、公演後にバスに乗り込もうとしたS氏。
待っていたファンと握手をしていよいよステップに足をかけたその時、「?!」
握手をした女性一人が、配布したジャージを着ていた。
目ざとく見つけた座長。
「おいおばはん!そのジャージどないしたんや?それは身内にしか配ってへんぞぉ」
おば「私、座長から頂いております」
S「うそつけ、誰やあんた。あんたなんか知らんわ。ジャージやってないわ」
おば「いえ、あの、わたしです。座長、座長。」
よく見ると、それはスッピンの出演者K川桂子氏(新国劇出身)だった。

☆トンネルは嫌い☆

前回のカレー事件の座長は、青春歌謡の大御所FK氏だったが、またしても事件がおきた。
その巡業は、7月東京を出発点に伊勢から紀伊半島を廻り大阪で打ち上げる1ヶ月近い公演である。
関東近郊〜お茶の静岡、みそカツ名古屋〜赤福伊勢までの公演を終え、いよいよ終盤にかかる夏の日のこと。
その日は移動日(移動のみ)で仕事(公演)の無い日だ。
出発もホテルのチェックアウト時間ぎりぎり。
バスに乗って公演地のホテルに行くだけなので、出発早々、缶ビールに白い紙を巻いて飲んでいる役者もいる(巻いてもわかるっちゅうの)。
海水浴に行く車だろうか、いよいよ夏休み間近となったせいか尾鷲〜新宮へ向かう道路は混んでいた。
お昼間近でピーカンに晴れた南紀へ向かう片側一車線の黄色ライン。
のろのろ運転が続き、皆、日ごろの疲れでうとうとし始めたその時、バスが急に路肩に寄って停車した。
暫くすると、私の名を呼ぶF氏の声が。
2階建てバスなので、F氏のいる一階に降りてゆくと「通れないらしいんだよ」とF氏が前を指して言った。
バスの前に黒い口をあけたトンネルがあった。
「バスが高いので丸いトンネルの中央部分を通らないと通れない」と運転手が言う。
「だからな、お前、トンネルの向こう側行って車止めて来い。止まったら電話しろ」とF氏が言った。
「ええっ?!」携帯電話が出始めの頃である。
ムーバと言っただろうか。
今のスマホとは訳が違うでかい電話だ。
よく見ると、トンネルは曲がっていて向こう側は見通せないが、おそらく相当長い。
ちっ!高さが危ないならこの道通るなよ!簡単に言いやがってぇと思ったがもうどうしょうもない。
「わかりました。止めたら運転手さんの携帯に電話します」
一人では心もとないので相棒のO村を呼んで二人で行くことに。
外に出ると、真夏どころではない。
クーラーの効いたバス車内と違い、車の熱とアスファルトの照り返しが合わさってものすごい暑さである。
実際、トンネルに入ってみるとかなり長い。
3-400Mはある。
トンネルを抜けるまでに排気ガスと暑さでクラクラと気が遠くなった。
しかし、考えてみると、警備員の服装や赤いライトなどを持っていればまだしも、こんなTシャツ姿の汗まみれの男が二人で「すみませ〜ん」かなんか言って、車は止まってくれるんだろうか・・・
その心配は的中した。
われわれが車に寄って止めようとしても、怪しいヒッチハイクと間違われているのか、あたり屋に思われているのか一向に止まってくれない。
しまいにはクラクションの大号令を浴びせられる始末。
去り際に「アホ!ボケ!カス!何しとんねん!!」の関西弁はキツい。
バスを待たせて気ばかり焦るのだが、頭を下げても大声で話しかけても窓をあけてもらえない・・・。
とうとう全く止まってもらえないまま30分近く経過した。
O村の顔も汗とほこりでドス黒くなっている。
前の車の状況を見ている人たちは、不審者と思うのか止まってくれないのだ。
その時、私は、バスの荷室に公演のポスターがあったのを思い出した。
マジックで理由を書けば止まってくれないだろうか。
電話をかけて一人にマジックとポスターを持ってきてもらい、A1ポスター3枚にそれぞれ「FK全国公演 トンネルの向こうに大型バスがいます」
「トンネルの真ん中を通らないと通過できません」
「一時停止にご協力を!!」と大書して先頭から20Mくらいの間隔でポスターを持って並んでみた。
すると、1台の車が止まってくれた。
「待ってあげるわ、はよ通りい」
やった!ありがたい!
私達は電話をかけ、後続の車に、持ち前の大声で「バスが通過するまでご協力をお願いします」とポスターを持ち頭を下げて廻った。
皆止まってくれた。
暫くして、バスがトンネルから、ゆっくりゆっくりと顔を出した。
ホントにトンネル一杯の大きさだ。
すると・・・期せずして、停車している車中の人々から拍手が沸き起こった。
バスにも全国公演のポスターが貼ってある。
その横窓を開けてF氏が顔を出して笑顔で手を振っているのだ。
さすが全国区。
止まってくれた車からも笑顔と手が振られている。
畜生・・・いいとこだけ取りやがって・・・。
応えてバスの2階からも役者達が手を振り、笑顔を振りまき、バスは賑やかに去っていく。
・・・?!
炎天下の中、私達は、バスにおいていかれないように全力で走らなければならなかった。

 
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