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(C)2003
Somekawa & vafirs

金メダル オン・マイ・マインド

西川 正一郎

空を見上げると、自分の真上だけぽっかりと丸く青空が見えた。
人は道具を使わなければ、真円と直線は書けないと言うが、雨雲と青い空の見るからに人工的で対照的な風景が広がっていた。 聞くところによるとロケットを打ち上げて雨雲を押しのけたらしい。
ここはベージンの国立競技場。4年に一度行われる平和とスポーツの祭典「オリンピアード」のメイン会場だ。 ヤポン代表に選ばれたとはいえ、主力とは言えないと自覚しているベースボールプレイヤーの私にとって、開会式と並んで、 この閉会式はオリンピアードに参加したと言う実感がわく瞬間なのだ。

ベースボール競技が始まるのは開会式の5日後。ベージンの街をひとりで散策し、 開会式で仲良くなった女の子とギョウザをつつきながらアオシマビールを飲み、現地で知り合った画商だと言い張る女性の部屋に行き、 得意のマーボドウフをごちそうになった。出場する機会がほとんど無いと思っていた私には、試合へ向けての準備は無用だ。
程なく試合が始まり、予選リーグ初戦のクーバには負けたが、後の数試合は危なげなく(私にはそう見えた)勝ち予選通過を確実にした。 その間、私の出番など無く、ベンチで大声を出して場を盛り上げていた。予選リーグは残り2試合、ハンコクとウーエスエー戦だ。

それはハンコク戦の9回におきた。両チームの実力はほぼ互角、接戦必至と見られていた予想に違わず2対2の同点。 ぺー・プルースの打球は簡単なショートフライに見えた。名手ウーノが捕球すれば100回目を迎えたオリンピアード初の延長戦に突入となる。 高く上がった打球は、ほぼまっすぐウーノのグラブへ向かって落ちてきている。そして、捕った、と思ったそのとき、 ボールが大きく弾み地面に落ちた。名手ウーノがエラーしてしまったのだ。延長戦突入への重圧か、太陽が目に入ったのか、 計り知れない何かが起こったのか。とにかく捕れなかった。それも、おでこにボールを当てて。
うずくまるウーノに駆け寄ると、まるで漫画のように額にボールの跡がくっきりとついている。私は大笑いしたかったが、 周りはそんな雰囲気ではなかった。肉体的、精神心的にダメージを受けたウーノは、オリンピアード期間中の復帰は難しそうだった。 流れを失った我がヤポン軍は、抑えの切り札エナッツが続くハン・クアロンとチョ・テマジオに打ち込まれそのまま負けてしまった。

予選通過が決まっているとはいえ、ウーエスエー戦も大事な一戦だ。この試合でも悪夢がおきた。 右の大砲キヨハルが、一打席目に自打球を左足に当て戦線を離脱してしまったのだ。悪循環が続き、 キャプテンのジロウはフェンスに激突して負傷、先発の大黒柱ムラチョウはマサカリすぎて腰を痛め、 リードオフマンのガナモリは頭にデッドボール、左の大砲ゴジラに至っては左手首の骨折と次々と怪我人が出た。 ここまで主力がいなくなると、トップクラスが来ていないウーエスエーが相手でもやはり勝てない。

決勝トーナメントでは、すっかり油断していた私に出番が回ってきてしまった。
主力選手の穴埋めとして出場したメラタ、J・J、イラッセ、アビーなどの調子がさっぱりで、ホシフィールド監督が勝負に出たのだ。 開会式で大はしゃぎしたこと、アオシマビールを連日大量に飲んでいたこと、画商と言い張る女性のところに入り浸っていたことを後悔した。 選手村や練習場にほとんどいなかったことを悔やんだ。しかし、ここはヤポン男児として役割を果たさなければならない。 自分にとっての大チャンスでもある。今できるベストを尽くそうと心に誓った。
決勝トーナメント一回戦のハンコク戦は、怪我人は出なかったものの完敗した。個人的にはそこそこの成績だったので、 抜擢してくれたホシフィールド監督の期待には答えられたと思っているが、チームとしてはハンコクとの実力差も感じさせられたし、 それ以上の何かも感じた。
クーバに負けたウーエスエーとの3位決定戦でも、私はスターターとして出場した。この日は、 前戦の結果から試合に出ることが予想できたので、前日は二日酔いにならない程度のアオシマビールで済ませた。 画商と言い張る女性のマーボドウフをつまみに食べながらではあるが・・・・彼女はマーボドウフが得意料理だと言い張っているが、 マーボドウフしか作れないらしい事がわかってきた。実は冷やしたクラゲやバンバンジーサラダなども食べたかったのだが、 ついぞ作ってもらえなかった。もちろん「それも作れるわよ」と言い張っていた。連日のマーボドウフ攻撃もあって、 アオシマビールの量も少なく済み、すっきりした頭で試合に臨んだ。

そのおかげかどうかわからないが、今までは何とも思っていなかった「ある」事を感じた。これまで意識したことがなかった事だ。 胸の中で何か引っかかっていたものが晴れるような感じがした。そしてそれは、気持ちを曇らすようなことだったのだ。
相手の「ユニフォームがダサイ」のだ。胸のところについているウーエスエーのロゴ。エスの字のところがウーエスエーの国旗になっている。 これが何とも言えずダサイ。全体的なシェイプは悪くないのだが、エスの一文字でデザインを台無しにしている。 これに気付いた瞬間、相手をしっかり見られなくなった。見たとしてもエスの一文字に目が行ってしまう。もう試合どころではない。 地面に空いた穴に向かって「うーえすえーのえすはへぇーん」と大声で叫びたかった。叫ぶことが出来れば結果も違ったかもしれないが、 試合は実力を発揮できないままの敗北。

最後までベンチにいたとしたら、気がつかなかったかもしれない。フィールドに出て近くで見てしまったので分かったのかもしれない。 よくよく考えると、ハンコクのユニフォームはもっとダサかった。襟元のカッティングなんてデザインとは言えない。赤と青のラインの 配色や配置なんかもあり得ない。
もしかしたら、ユニフォームのデザインがダサイから、みんなが相手をしっかり見られなかったのではないか。 ダサ過ぎてその部分に目が行ってしまうから、みんなが試合に集中できないのではないか。いや、そうに違いない。 ヤポンの敗因がそんなところにあったとは。
クーバにしても、打席に立つときに青い帽子の上に赤いヘルメットをかぶっていた。少年ベースボールではよく見かける光景だが、 あれは小さな子供が大きなヘルメットをかぶるときにやむを得ず執る手段で、大の大人が本来する行為ではない。ナンセンス。 相手の目を帽子とヘルメットのツバに向かせて集中できないようにしているのではないのか。恐るべしクーバ。

ヤポンのユニフォームはと言うと、可も無く不可も無いデザイン。ヤポンの国名のロゴも控えめだし、国旗も小さくあしらわれているだけ。 相手の集中力をそぐ要素はひとつもない。前回のオリンピアードのデザインを踏襲したらしいが、 来年春のワールドカップでは工夫してもらいたいものだ。私のように着る方にすれば、かっこいい方が気分が乗るに決まっている。 しかし勝負は別だ。それに来年春はワールドリーグの選手も招集されるので、今回の代表メンバーの中でも選ばれるのはごく少数だ。 私はまず選ばれないので着なくてすむ。
エコロジーが叫ばれる今日、大胆に生地の量を半分にしたっていいかもしれない。ソピード社製の生地も検討の余地ありだろう。 ベースボールのユニフォームがピチピチの全身タイツのようになってどこが悪い。ピチピチの方が動きやすいに決まっている。 ユニフォームだけではなく、森林保護のためにバットの太さも半分でもいいかもしれない。普通のバットを使う相手に対して、 「おまえら少しは環境のこと考えとらんか」といった心理作戦にもなる。動物愛護の観点から、グラブの大きさも半分でもいいかもしれない。 「ちっちゃいグローブでもおまえらの打球は十分処理できれんぞ」というプレッシャーも与えられる。
今回のオリンピアードの結果、自分が感じた実力差を見ると、是々非々で取り組んでもらいたいものだ。

再び空を見上げると、閉会式開始当初に広がっていたまん丸い機械的な青空は、だいぶ小さな円になってきている。 それでも、あと2,3時間は持ちそうだ。人工的に気候を変えるなんて凄い時代になったものだと思う。開会式の時に知り合い、 次の日にギョーザを食べに行った彼女と再会した。画商と言い張る女性のところに入り浸ってからはほとんど連絡をしておらず、 少しバツが悪かったのだが、何も気にした様子もなくあっけらかんとしている。私に気にさせないようにしていると考えるのも、 思い過ごしなのだろう。水泳選手の彼女は決して美人とは言えないが、周りを和ませる雰囲気を漂わせている。 自分の出場種目が終わった後は、私の出た試合を見に来ていたらしい。これには参った。
会場では次のオリンピアード開催地「ランド」の告知が始まり、ランドを代表するディーバ、「ビョーンセ」が綺麗な歌声を響かせていた。 彼女はビョーンセの大ファンらしく、聞き入っている。うれしそうに聞いている彼女の横顔を見ていると、 ビョーンセを全く知らない私まで楽しくなってくる。
その時、突然オーロラビジョンにチェリーサンバーストのレスポールが映し出された。 次の瞬間流れてきた4つの音のみで構成された有名なギターのリフレイン。開会式も、ギョーザも、アオシマビールも、マーボドウフも、 試合結果も、ユニフォームのデザインも全て遠くにぶっ飛んだ。目の前でジミー・ペイジがギターを弾いている。事前に知っていれば、 色紙やレコードやマジックを準備したのにと思った。録音機器やビデオカメラも用意したかもしれない。3分ほどの演奏だったが聞き入った。 大音響で体が震え、ジミー・ペイジのギターで脳がふるえた。別世界に行ったような感動だった。

放心状態の私に彼女が話しかけてきた。
「あなたの顔、ものすごく楽しそうだったわ。横から見ていて、ジミー・ペイジを知らない私も楽しくなっちゃったもん。」

私にとって、ベージンオリンピアードは生涯忘れられない大会になりそうだ。 ジミー・ペイジと関係者みんなに私から心の金メダルを授与したい。

空には人工的な丸い穴ではなく、輝く星空が広がっていた。

*・この物語は全くのフィクションであり、登場する人物・団体・地域・名称などはジミー・ペイジを除いて全て架空のものです。

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