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(C)2003
Somekawa & vafirs

『ポカラの瞳・最終編』

ヤミヨのカラス

【生存者あり】

山頂で休憩後、帰路につく。女性数人は、かなり疲れたらしくガイドが無線でジープを呼び帰る事となるが、今夜の夕飯も人数が減るのは間違いない。
細菌学者のメッカと言われるタイ北部の田舎に住み自然と抵抗力が付いている、小生と嫁さんは、今のところピンピンだ。
他に、元気なのは毎晩食堂で酒盛りをやっているバンコク在住の一匹狼のオッサン達=カリスマ美容師、素性の分からない寡黙なオッサン、企業の駐在員など様々だ。
体を動かした後の一杯を常に待ちわび、災いのミナモトは、その日の酒で、脳みそから消化器系まで、くまなく洗浄する強力な肝臓の持ち主。 そんなオッサン達と我ら夫婦は、夏だと言うのに突然のヒョウに襲われたりしながらも、意地と根性で、何とかロッジに到着した。


【ポカラの瞳】

各々のロッジに戻り晩飯まで休憩となる。嫁さんは仮眠をとることとし、小生は畑の耕作風景をビデオに収めようと外に出た。
午前中から水牛2頭に鞭を打ち、激を飛ばしながら畑を耕すその男の傍らには、先ほどと違って2人の幼い子供が寄り添っている。
水牛は口元に取り付けられたカゴからエサをソシャクしながら耕作器具を引きずっている。ついでに糞でもすれば、畑の肥やしとなり一石二鳥で、“フン撒き散らし”の神牛とは、雲泥の差だ。 男は必死に鞭を振るうが直進できず回り出しそうなくらいブレブレ。

“町は正月なのに、この家は正月も働くんやなぁ”とビデオを回しているとフイに背後から声が聞こえる。振り向くと、そこには幼女の手を引く少年が立っていた。
“あなたは中国人ですか?”ビデオを止めながら“いや、日本人。英語旨いね。”“あそこの学校で習っています。” と彼は山肌が見える斜面まで誘導し、はるか眼下に見える小さな町並みを指差す。
外国の支援で英語を教えている。と、ガイドブックに書かれていたが、小生のアジアン英語とは比べ物にならないほど流暢な英語だ。
“あんなとこまで毎日通っているんか!?”と、驚く小生に、平然と頷く少年。 学校は正月休みだが親は働いるので、妹の子守をしている。と言う。目の前を耕している男と同じ種族だろう、10才ほどの彼は、ヨレヨレのTシャツを着ていた。

“何を撮っていたのですか?“と聞くので道端の花壇に腰掛け、映像を再生する。画面は水牛の耕作風景を再生していたが、突然、大都会の映像に切り替わる。
上書きしながら使いまわしていたテープからは、以前訪れた中国雲南省の街=昆明(タイから飛行機で2時間程)で、摩天楼が立ち並ぶ100万都市の景色が再生される。
”隣の中国だ。“と説明すると、 彼は巨大な高層ビル群や沢山の車が行きかう街を食い入るように見つめている。 摩天楼郡は確かに巨大だけれども、目の前にあるエベレスト山脈が、どれだけ巨大なのか、彼は気付いていない。
“将来、何になりたい?”と聞くと“国際線のパイロット!” 即座に返ってきた。

“そうか!その英語なら勉強して大学行けば、きっとなれるぜ!”と言ったとたん、彼の顔が曇る。 しばらくの沈黙のあと“本当は、トッレッキングのガイド”と画面を見つめながら彼はポツリと呟いた。 観光客に対して優位な立場を取れるとは言え、金を無心するガイドが、彼の目指せる現実だと気付く。
“し、しもぉたぁ!”内心慌てながら、ビデオを取り上げ、現実に引き戻された彼の気分を変えようと2人を撮り始めた。
まず始めに名前から聞く。“スナズラワ”と2回目で聞き取れたが、妹を抱き上げ彼が紹介してくれる彼女の名前は何回聞いても分からなかった。 ふと気付くと、いつの間にか、男女5,6人の子供たちを引き連れたガキ大将的少年がスナズラワに声をかけ、横に並びだす。 彼らの服装も、やはりヨレヨレだ。歳も様々で、頼みもしないのに自分の名前をテンデに喋りだした。 大騒ぎになってきたので、唯一知っている言葉=“ナマステー!(こんちはー)”と叫ぶと、騒ぎがピタリと止み全員合掌しながら、それを額に押し当て“ナマステー!”と笑顔で返してくる。
全くの純粋無垢だけれど、ファインダーから覗く彼らの瞳の奥は暗く、生活の苦しさを直感する。 しかし、その中には合掌もせず好奇心満々の目でレンズを覗き込む男の幼子が一人おり、レンズは無意識に彼の顔に吸い寄せられる。 それに気付いた回りの子供達は自分も写りたくて歓声をあげ、一斉にビデオの前に殺到し画面が乱れ、そこで録画はストップ。

礼を言い部屋に帰ろうと背を向けた時、ウシロからスナズラワの声が聞こえた。
“ブラックペン、プリーズ”
タイで購入しカバンに放り込んだまま忘れていたペンを、彼は知っていた。 このロッジに来る客が親しみの意味で与えるのだろう。そして、それらは彼の家族にとって生活の糧に、なっているはずだ。 しかし、投げかけられたスナズラワの声は、余りにも寂しく、振り向けなかった。
その後、陽が沈み外に出ると、これまで住んだ、どの町よりも星は近く天の川なぞタモでスクエルような満天の星だ。 畑を耕していた男の家の2階からはネパールの流行歌であろう。華やかにラジオからか、聞こえてくる。 窓から見える白熱灯に映し出された影が揺れ動き、1階からは、のん気そうな水牛の声。 貧しいながらも幸せそうで、既に失われた古き良き時代の日本を、感じた。。。。


【権威の象徴】

ロクさんにお願いした甲斐があったようで、その夜の晩飯は米が出た。が、しかし。。。。カレーライスだった。。。。
翌日ポカラの町を散策し、更に1拍後、カトマンズに戻る。寝込んでいた人も、ようやく体調を回復。 カトマンズの空港からバスで移動中、窓から誰かが見つけた日本食屋の話題で持ちきりとなる。
ホテル到着後、ロクさんからはホテルのレストランで昼食後、自由行動と言われるものの、 “ホテルのカレーなんぞ食ってられっか!“と、ロクさん一人をレストランに残し日本食屋に向け、脱走だ。
ようやく見つけたその店は、日本であれば3日で潰れるようなグダグダのカツ丼とボソボソの饂飩であったけれども、 久々の日本食に、オッサン達を始め皆さん唸りながら食べていた。
日本人は、ヤッパシ醤油とダシの民族だぁ!を痛感。

帰国当日。カトマンズの空港のイミグレをパスし時間があるので喫煙所に直行。もちろん、あれ依頼フンダクられるライターなぞ購入せず、没収しても金にならないホテルのマッチだ。
吸っていたマイルドセブンの箱を“交換しよう!”と話しかけてきたタバコ貿易商のインド人は、ネパールなんぞ属国扱いで、更にはネパール人を“ノロマで頭が悪い。”と散々馬鹿にしていた。
ウンザリしたので場を離れ、免税店で目に止まった刀の形をしたボトルを衝動買い。銘柄は“コロネーション ククリ”。 コロネーションとは“即位式”を意味し、ククリはネパールの山岳民族が用いる伝統的な短剣の名称で、ネパール王国の王位継承を海外に誇張するラム酒である。 アルコールが入る刀身部は(人の手で削られたと思われる)金型にガラスを流し込んだ代物で、表面は滑らかだが、レトロな雰囲気を醸し出している。 ただ柄の部分はプラスティックで、小さな注ぎ口に固定されているだけなので.振りかざそうとするとガラスの刀身部が、ポロっと外れる危険きわまりの無い一品でもある。

2006年4月。国民から搾取し贅沢を極めていた君主制は廃止され、同年5月には世界唯一の国教であったヒンドゥー教も廃止。 それでも国王一族は、しぶとく存続し2008年5月に、ようやく240年続いた王家は地球上から消滅し、ネパール王国はネパール連邦民主共和国と名を変えた。
しかし、安定しないネパール情勢を今も報道は伝えている。
あの時、黒ペンをあげた方が良かったのか?は、今でも答えは見つからないが、スナズラワのように時代に押し流される人は多いのだろう。 だけど、物怖じしない瞳の少年達が大きくなった時、その境遇を跳ね返しつつ、貧しさに人生を諦めかけた周りを巻き込み、国を変えていくと、願っている。 でも、その先に目指すものが、日本のような先進国だとしても、 素朴な家族の絆が、沢山残る国にして欲しいなぁ。

権威を振りかざし国民を虐げた挙句、葬られた王位を誇示するそのボトルは、今もひっそりとロブロイに眠っている。

おしまい。

<ロブロイストの日々>  毎・月始め更新いたします。