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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

羊と豚

 鹿児島から関西経由で金沢へ出てきて四半世紀を過ぎた。

だからなのか、またそろそろ五十代も半ばになろうとしているからなのか、故郷(鹿児島時代)をたまに思い出す。 大隈半島、薩摩半島でもなく県のほぼ中央に位置し当時人口千人足らず、今となっては中学校は廃止され、 小学校は複式学級となっている。

小高い山に囲まれたちょっとした盆地になっている。 裏山を背に我が家は建っており、回りを見渡しても民家は三軒見えるだけである。 のどか、という言葉が実にピッタリくる。裏山はもちろん、右に行けば我が家の田んぼ、左に行けば我が家の畑に着く。 実に平和、これもまたピッタリくる。

小学校から中学の想い出というと、トランジスター・ラジオにハーモニカ、それと羊である。 ひつじは親戚から貰って来たものだが、最初メエーメエーと泣いてばかりいるものだから名前は「め吉」にした。 後でメスだと判明したがそのまま「め吉」と呼んだ。 そのめ吉だが、すぐになつき学校から帰るとラジオとハーモニカを持ち、め吉を連れ近くの山や田んぼ、畑に行く。 田舎という事もあるが羊に首輪やリードなどいらない。 怒る事を知らないし、基本的に臆病な動物である。たまに前から人が来ると、 僕の足にぴったり首をくっつけ「守ってくれ」という様に僕を見上げる。僕は守ってやらねばならない。 と言っても襲う物などいるはずがない。イノシシなどもいるようではあるが会った事はない。 たまに鹿を見かける程度である。

秋の稲刈りも終わり、れんげ草一面の田んぼには人も動物もいない。 やっと安心しきった羊はほんの数十メートルではあるが僕から離れ、たまにこちらを見ながらゆっくりと草を食べている。 僕はトランジスター・ラジオを聴いたり、飽きるとハーモニカを吹いたりしながらボーと過ごす。 め吉に目をやると、たまに跳ねるように何メートルか走っては止まり、僕の方を見て一声「メェー」と鳴き、また草を食べている。 その平和さにいたずら心がチョッとわく。

ところどころにつんである藁(ワラ)の陰に隠れてみる。 しばらくして僕が居ないことに気付いため吉はさあ大変。メェーメェーー、と鳴きながらすごいスピードで辺りを走り回る。 藁の陰からチョッと顔を出して見せても、もはやパニックに陥っているせいか気が付かない。 もちろん適当に出ていくのだが、それから帰り着くまでは当たり前として、2〜3日は半径一メートル以上離れようとしなくなる。 やっぱりいたずらは良くない。

また毎朝学校に行く時もそうだが、我が家の前は川があり、玄関を出て橋を渡り県道に出るまで百メートル。 たまたまひつじ小屋から眺められる事から、見えなくなるまでメェーと鳴いている。

我が家には数頭ブタも飼っていた。これはもちろん家畜としてだが、ブタが気持ち良さそうに昼寝をしている。 そんな時あの大きな鼻の穴に、人差し指と中指をズボーと入れてやる。すると「ブッヒーー」と言いながら飛び起きる。 それでもブタも比較的怒らない動物である。だからよくやった。

たまに罪滅ぼしと称して散歩に連れ出してやる。 もちろんブタ用の首輪などある筈もなく、ロープを首に結びオリから出してみる。途端にとにかく走り出す。 どこへ向かうというわけではない、道など関係ない。とにかく走る。ブタなりに行きたい所があるのか・・・? イヤやっぱりない。まっすぐ走り、壁があれば曲がり、土手に突き当たればそこをブホブホと掘ってみる。 まあ、ヨソの田畑を荒らさない限りたいがいほっておくが、なんせわが道を行く5〜60キロのブタである。 思うようになる筈がないのは致し方ない。

羊と違い「のどか」「平和」にはおおよそ程遠い。そもそもひとを嫌ってはいないが犬のようになつきもしない。 じゃあ猫のように家に付いているかと言うと、まったく帰る気はない。帰省本能ゼロである。

犬は三日飼ったら三年恩を忘れないという。猫は三年飼ってやっと三日は忘れないというが、 さてブタの場合はというとそこまで飼った事はないが、さすがに三十年も飼えば三十分は・・・ん、これも危ういだろう。 ただ寝ている時間が多いせいか、とにかく満足げな寝顔を見ていると、 深い意味はないが全て「まあ、いいか」という気にしてくれる。今で言う癒し、ということになろうか。

いずれにしろブタの散歩は大変に疲れる。そんな日は風呂(当時露天風呂)に入り星を眺めながら 「散歩はやっぱりめ吉にしよう」と思いながら早めに布団に入り、ブタのように寝た。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。