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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

わが村が一番

その昔わが生まれ育ったところは、鹿児島市から北へ20キロ、姶良郡は蒲生という町があり、 それからまた10キロほど山に向かうと四方を山に囲まれた小さい小さいくぼみ、俗にいう盆地だが「漆」という我が古里がある。
その小さい小さい部落なわけであるが、当然峠を越えるとまた別な部落がある。 小さいもの同志仲良くしたいものであるが、よく大人たちは何らかで会うと後で「よそもん(よそ者)」と言っていた。
隣村の者だから「よそもん」には違いないが、何かしらいい響きに聞こえない。
なぜかというと、その言葉の使い方が「あれはよそもんじゃ」とか「よそもんじゃから」とまあ、どこかしら下げすんだ言い方になる。
裏返せば「我が町(部落)」が一番、と言いたいのであろう。
なにが、どこが一番なのか分からないのであるが・・・。

それから僕なりに世間を知っていくことになる訳であるが、まあ多かれ少なかれ、どこにでもあるようである。後で書こう。

全国から集まる学費の要らない大学「自治医大(栃木県)」がある。
各都道府県より毎年数名ずつ採用らしいが、まあ僕の頭だと10個ぐらいは要るようである。 そこを出たH医師に聞いた話。

かなり大ざっぱな話であるが、何がしの議題についての集会があったとしよう。 壇上で熱弁をふるうのは九州の人間が多いそうである。 そしてその議題について積極的に意見を述べるのは関東人に多く、そのやり取りを聞き、最後にドスンと重みのある一言を発するのは東北人なのだそうである。 で、北陸人はどうかというと発言は控えめ、という事であった。
まあその土地なりの大まかな気質、ということだろうか。 根拠がある様な、無いような話ではあるが。

先日「関西人のプライド」というタイトルで玉木正之という作家の随筆を見た。 それぞれに高いプライドを持ち、京都人は京都が一番、大阪人は大阪が一番、神戸人は神戸が一番と考え、 ケチな京都人、ガメツイ大阪人、コマカイ神戸人、とまあ、それぞれがそれぞれを見下しているのだそうである。
なにも見下さなくても、という気がしないでもない。

ともあれ多かれ少なかれ、その土地土地で結構張り合っているのはよく聞く話ではある。 たとえばお隣の富山県はちょうど真ん中くらいにある呉羽山を挟んで、呉西(ごせい)呉東に分かれており、それぞれ張り合っているのだそうである。 福井県はというと、やっぱり嶺北(れいほく)、嶺南で対抗意識があるらしい。

石川県はというと、能登地区と加賀地区に分かれる。 金沢市は加賀地区に入るはずなのだが、能登でも、加賀でもなく「ここは金沢だ」という自負があるようだ。

金沢へ来た頃の話。
それぞれの県民性の違いを良く表しているかどうかはともかく、おもしろい例えがある。

ある寄り合いがあった。それぞれの代表が数十名ずつ集まった。
金沢の人間はピカピカの「新しい靴」を履いて行った。
富山の人間は「古い靴」を履いて行き、帰りは何故か「新しい靴」を履いて帰った。
福井の人間はというとなにも履かず「裸足」で行き、ちゃっかりそこにあった「何がしの靴」を履いて帰った。
さて金沢の人間は靴がない。
しょうがないので裸足でとぼとぼと帰ったそうである。

これにどんな意味があるかはそれぞれにお任せするとしよう。
もはや僕もすっかり金沢人となった今、ちょっと釈然としない部分はあるが、こちらへ来た当時、生粋の金沢人に聞いた話である。

さてあなたは富山型でしょうか?
もしくは福井形でしょうか?
それとも金沢型でしょうか?

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