このページはすべて、フェニックス様からいただいた投稿です。制作中に、何度も

ラップ音に悩まされ続けましたが、めげずに作り上げました。。。。

                                      JABLIN


T実体験

その25.お通夜


 私が小学校4年の時で秋。

 昼過ぎに学校から帰って眠かったので2階の部屋で寝ていた。 

 母親と弟は近くへ買い物に行っていて一人留守番していた。 

 喉の渇きを覚えて目覚めると夕方だった。 

 しかも普段のオレンジ色の夕暮れではなく、辺り一面が真っ黄色で異様だった。

 
実体験上、いつも思うことだが、こんな時は近くで、必ず、お通夜があるものだ、と実感した。 

 と言うのも、喉の渇きで目覚めたのだが、1階の台所 へ行って冷蔵庫へ行って冷えた牛乳

 を飲んで、台所横の階段の3段目に腰をかけていた。階段の3段目までの部分の横には、

 玄関のドアがある。 脱水状態のだるい体で、その3段目に玄関の方を向いて腰掛けている

 とドアの外に人の気配を感じた。

 ドアの横は、曇りガラスでドアの上部は、透明のガラスがある。
 

 その曇りガラスに女性の人影があって、ゆらゆらと動くので誰かなって思って

 「どなたですか」と尋ねても

 何も言わない。

 それで近づくと、その人影はすうーと上昇した。

 ドアの透明のガラスから白い煙のような物が天に昇っていくのが見えた。
 

 あれは何だったのだろう?

 と思っていると暫くして、母親と弟が帰宅するなり、「今日、○○さんの所、お通夜やなあ」

 って。 それを聞いて、背筋が寒くなった。その人は、生前によく回覧版を持ってきた事が

 あり、最後のお別れにきたのだろう、と言う事だ。

 その人の死因は、自宅で首を吊った。

 医者は、癌ではない、と言っているのに自分は癌だ、

 と思いこんで自分の将来を悲観したらしい。

 

その26.緑の学校


 四日市市水沢地区に「緑の学校」と呼ばれる野外地区活動センターがある。

 小学校4、5年の頃、子供会からキャンプで「緑の学校」に行った時の出来事。

 夕方に現地に到着して、夕飯までに時間があったので友達と「他の部屋も回って見ようぜ」

 と言う事になった。


 その建物は、鉄筋2階建てでベランダはその部屋全体で繋がっている。

 それで2階の一番東の部屋が大部屋でグランドピアノが置いてある。

 その日は、その施設は子供会の貸切の筈で誰も居ない筈はずなのに、その部屋からピアノ

 の奏でる音楽が聞こえてきた。

 友達と恐る恐る部屋に近づくと、シスターの格好をした女性がピアノを弾いていた。

 カーテン越しにその姿を見ると

 ピアノを弾いている指。。。。。。。。。。。。

 指が骨であった。

 「あ!」  と声を上げると、そのシスターが振返った。
 
 
 すると骸骨だった。
 
 驚いて、その場を一目散に逃げ出した。



 2つ下の弟も学校からキャンプに行った時に、その日は雨で体育館でスライド映画を見ていると

 窓の外を白い着物を着た亡霊がずっと自分たちを見ていて、暫くするとすうーと消えていったそ
 
 うだ。 その時、クラス全員を目撃していた。

 余りにも怖くて泣き出す者もいたそうだ。
 

 昔、その場所は、墓と野戦病院があったらしい。


その27.車と併走する老婆


 お通夜の帰りの出来事。
  
 母方の母親、つまり自分から見た場合、祖母に当たる人が亡くなった為にお通夜を済ませて帰る

 時の出来事。 私が高校一年の時でした。

 帰りがすっかり遅くなり午前の2時を過ぎていた。 家族5人で車で家路に向かっていた。

 お通夜は、四日市市県(あがた)ヶ丘からミルク道路(広域農道)を通って、桜町付近を通り過ぎる頃、

 時速50kmで走行中。 ふと、横をみると車と同じくらいのスピードで、老婆が走っていた。

 しかも地上から2、3mくらい宙に浮いた感じで。
 
 老婆の横顔で、1kmぐらい並走すると方向を変えて通り過ぎた。
 
 家族全員で目撃。
 
 その直後、どこからともなくあたり一面、濃霧に覆われた。
 
 1m先が見えないほどに。
 
 あれは何だったのか?
 
 浮遊霊?

 どこからともなく、辺り一面が濃霧に覆われた。
 
 1メートル先も見えないくらいに。
 
 家路に近づくにつれて、霧が晴れて星が出ていた。


U不思議な体験

その28.未確認飛行物体

 

 小学校4年の時。年末。 多分、12月の20日前後の日曜日の夜8時過ぎと思う、と言うのは、

 父が熱狂的な大河ドラマのファンで 父は、1階のテレビにかじりついていた。 最終回だったので。

 2階で自分と母と弟の3人がいた。
 
 すぐ下の弟が北の空から変な音がする、と異音に気付いた。 バタバタと旗がはためく音。
 
 ミシミシと木と木が擦れ合う音。
 
 ジェットエンジンのようなゴォーっという轟音。 の三重音。
 
 直ちに雨戸を開けて2階のベランダから外に出ると電柱と4、5本分ぐらい上空を日本丸のような
 
 帆船の形をした宇宙船??が北から南へ飛んでいた。

 後ろのデッキ部分からカンデラが揺れていて中に2、3人の人影が見えた。

 よくUFO特集で円盤とか葉巻型は見たりするけど
 
 あんな形をした身確認飛行物体は、初めて。
 
 あれ以来、見ていない。

 

その29.金縛り?

 高校一年の時、夏休み。

 家族で北陸・山中温泉へ一泊旅行に行った時の出来事。


 宿泊先は、山中プリンスホテル

 海水浴に行って、蟹を捕まえた。 もともと鋏が片方しかなく、水槽も用意してなかったので海岸
 
 に落ちていたプッチンプリンの容器に入れて ホテルに持ちかえった。

 その夜、不思議な体験をした。
 
 寝ていると枕元に赤いかすりの着物を着たおかっぱ頭の色白の少女が立っていた。
 
 その少女は、無言のまま、おいでおいでをする。

 自分の意識とは別に勝手に身体が動いて、昼間の海岸に来ていた。

 砂浜まで来ると、今度は

 
海へおいでおいでする。
 

 「俺を殺す気かっ。やめてくれー」っと必死で叫んだ。
 
 ふっと我に帰って飛び起きた。
 
 すると、布団の中にいた。
 
 しかも、汗びっしょり。
 
 顔を洗う為、洗面所に行くと蟹は死んでいた。
 
 翌日、またその海岸に行った。
 
 丁重に葬って「もう二度と殺生はすまい」と。


その30.幽体離脱


 大学1年(当時18歳の時)。1988年10月25日(月)午後9:55雨だった。
 
 自転車に乗っていた片手に傘。片手にハンドルを持っていた。
 
 信号待ちで信号が青に変わったので横断歩道を横断していると、同一方向から右折していた車が
 
 いた。
 
 自分に近づいているのはわかっていたが、当然止まるだろう、と思っていた。ところが止まらず
 
 必死でペダルを漕いだが間に合わず、ガーンとぶつかった。
 
 自転車の後輪にクラウンの左バンパーがあたって
 
 左方向に転倒し濡れたアスファルトに叩きつけられ、左後頭部を強打した。
 
 加害者の「大丈夫ですか?」の声に「大丈夫」と答えた
 
 が身体がこわばってなかなか起きることが出来なかった。
 
 救急車を待つ事30分間。 実に長かった。

 その間、頭からの出血が大量に流れ、白のブルゾンが真っ赤に染まったほどだ。
 
 やっと救急車が到着したけど、当時救急救命士なんてなかった時代なので、何の
 
 治療もないまま病院に運ばれた。

 病院で麻酔無しで針を縫われて、絶対安静なんだけど加害者が無保険者で借金

 地獄の身で入院できなかった。

 それに私自身、意識があったので。
 
 その時までは。
 
 やむなく自宅療養と言う事で。
 
 家に辿りついて、その日を境に3日間、昏睡状態が続く。 意識不明の重体。
 
 生死をさ迷いながら、頭の先のところがらせん状にぐるぐるまわったかと、思ったら急に身体が
 
 軽くなってふと目を開けると間近くに天井の節が見えた。
 
 そして、下を見下ろすと布団に寝ている自分の姿が見えた。
 
 そして、また意識が途切れると、元の身体に戻っていた。
 
 独特の事故後の痛みを残して。 まさに「三途の川」のちょい手前って感じです。

 


その31.ワニそれともオオトカゲ?


 まだ私が、5歳くらいの頃、台風で家の前に 猿法師川(さるぼしがわ)が流れているんだけど

 増水で床下浸水した事があって、家の上流付近に大正池(たいしょういけ)があって、鮒、雷魚、

 蛙、 蛇、アヒル、ガチョウの他に何か得たいの知れない生き物がいるの。

 それで台風が通り過ぎた翌日、家のとなりに 父方の母親の家があって、隣に遊びに行って、

 その得たいの知れない物体と遭遇した。
 
 体長が5mくらいあって、見た目はワニ。
 
 すぐに父に知らせて避難した。
 
 父は、ホースの水で得体の知れない物体にめがけて放水した。

 するとゆっくりと立ちあがり、のっそのっそと動き出した。

 暫くすると、居なくなった。

 一体、どこに行ったのか。

 

その32.耳の有る白い蛇


 自宅の近所に「白髭(しらひげ)神社」がある。

 鳥居をくぐると階段がある。
 
 その階段の中腹に池があって、そこで発見した。
 
 体長は、1mくらい。
 
 身体全体が白く、目の横に耳がある。
 
 神に仕える蛇である、と言う事で縁起がいいらしい。



V 聞いた話

その33.白髭神社の怪


  昔、白髭神社で遊んでいた3歳位の子供が汲み取り式のトイレにはまって死んだらしい。

 それからと言うもの、夜な夜なトイレから子供の声が 聞こえるようになり、子供の亡霊が出るという。

 そして階段の13段目で、すっと消えるという。
 
 それからと言うもの13段目を踏むとろくな事が無いと言われている。

 

その34.忠霊塔にまつわる話


 自宅の近くに忠霊塔と呼ばれる山がある。

 その昔、鎌倉時代にその山のふもとに光明寺と呼ばれる寺があった。

 現在は、四日市市泊(とまり)町、つまり近鉄内部(うつべ)線泊駅の沿線近くにある。

 そこでは、落ち武者の墓が数多くあったとされ、 現在は、畑になっているが、次元を超えた今でも、

 
土の中から「手伝いましょかー」と声が聞こえてくる
 
 という。

 畑をしている人は、まだ若かったが病死した。

 また、忠霊塔とは、第二次世界大戦で亡くなった

 戦没者の霊を慰める塔として戦後、建立された建造物で毎年、8月の1〜3日まで盆踊りが開催され
 
 る。

 その塔に地下があり、一般公開される。

 その地下室には、「鉄兜、銃剣、飯盒、手榴弾など」 戦時中使用されたものがガラスのショーケースに

 入れられて展示されている。
 
 また、戦没者の頭蓋骨をピラミッド状に積み重ねた状態で写真に収められている物が展示されている。

 

その35.殺人の館


 自宅の近くに東海道五十三次にもある「追分の鳥居」がある。

 当時としては、伊勢に向かう道と京都に向かう道の分岐点として、涌き水は、枯れる事も無く今でも

 こんこんと涌いている。
 
 その昔、その辺り一帯が宿場町で、その殺人の館も、表向きは普通の宿なのだが、何も知らない

 旅人が、その宿屋に泊まると二度と生きて帰れない。 つまり、金品などみぐるみ剥いで刺し殺す、
 
 と言った 手口で、その館の床下のは、何体もの人骨が出てくるという。

 そう言う因縁の場所なので今でも、亡霊が出ると 言われている。


 現在、その場所は、N製茶の工場がある。