ドイツの音楽の歩み

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                    音 楽 礼 賛

音楽を褒め称える言葉は世界中にあると思いますがドイツ文化圏の言葉をいくつか紹介します。

                            
◇ 音楽は神がわれらに与えた最も美しい素晴らしい贈り物である。マルティン・ルター

◇ 高貴な音楽は神の言葉に次ぐ地上の最高の宝である。マルティン・ルター

◇ 私の哲学によってすべては明らかになると思う―しかし賛美歌を聞くと私の哲学が与えてはく れない安らぎを感じる。 イマヌエル・カント

◇ 音楽を愛さぬものは人間の名に値しない。音楽を好むものは人間の中,音楽するものは完全 な人間といえよう。 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

◇ 音楽はすべての英知や哲学より高度な啓示である。 ルートヴィヒ・ファン・ベートーベン

◇ 音楽は人類の普遍的な言葉であって,人間の感情は音楽によってすべてのひとびとに等しく 理解されるように伝達される。 フランツ・リスト

◇ 音楽は聞くだけより,自ら演奏してみる方が良い。 パウル・ヒンデミット

                            (未完)


Vielen Dank! Auf Wiedersehen!
Moments musicaux

 


日本のクラシック音楽の世界では,コンサートや放送,CD,また音楽教育の分野などでもドイツの音楽が非常に好まれていますが,これはひとつには日本が近代化される過程で,ドイツの文化を積極的に取り入れてきたという事情もあります。しかし日本以外でも19世紀以降は,ドイツの音楽の影響は大きくなりました。もっともこのドイツ音楽も一朝一夕に成立したわけではありません。原始的な時代はさておくとして,恐らくまず南の方からもたらされたキリスト教音楽,これを元にフランス,オランダ,ベルギー,イタリアそしてイギリスなどで次第に発達していった音楽の影響を受けながら育まれていったのです。
  中世のミンネザングは注目すべき最初の音楽芸術ですが,やがてルターによる宗教改革が音楽的にも重要な役割を果たします。コラールとよばれる賛美歌によって信者みずから礼拝に参加できるように,礼拝もいわば民主化されますが,ドイツ人を音楽に親しませる結果にもなりました。
  最初のドイツらしい作曲家ハインリヒ・シュッツはヴェネツィアに留学しています。彼は1585年生まれですが,ちょうど百年後にバッハが生まれます。同年にあのヘンデルも生まれました。彼らによって壮大華麗ないわゆるバロック音楽が完成しますが,国際的にはドイツはまだ主導権をとるにはいたりません。
  やがてヴィーン中心に発展する古典派の時代,あのモーツアルト,ベートーベンの時代になってドイツ文化圏の重要さが大きくなってきます。そしてこの後に続くロマン派の芸術によって,ドイツ文化圏の地位は決定的になります。シューベルト,シューマン,メンデルスゾーン,リスト,ヴァーグナー,ブラームス,ブルックナー,マーラーなどの大作曲家の時代を迎えます。もちろんドイツの影響はフランスや東欧・北欧にも及びます。やがて12音音楽のような極限の芸術も現れます。20世紀に入りリヒアルト・シュトラウス,ヒンデミットなどによりなおドイツ音楽は衰えをみせませんが,次第にその他の地域のユニークな音楽に名声を譲ってゆくことになります。ナチス時代に入り音楽芸術の本来の正常な発展が歪められたのは当然ですが,他方ヴァーグナーが異常に愛好されたという事実はロマン派という点では考えさせられますし,同時にジャズが愛好されていたというのも興味深いといえましょう。
  ここでは一般的な「ドイツ音楽」の発展を体系的にお伝えするというより,個別的にドイツ音楽の話題を提供する予定です。

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