起源の地の旅人(これまでの掲載分)
序章
「起源の地(オリジニア)」は、元々魔法帝国(エターナリア)の人々が呼んだ名である。これは「人類はこの地に始まった」という意味があるという。
この地は世界の中でも、住みよいことで知られている。熱過ぎず、寒過ぎず、乾燥もせず、洪水も少ない。人類がその雄飛を始めた場所という語り伝えも、あながちうそではないように思える。
このオリジニアの中部に、ラスターという王国があった。
この国は新興の国であり、E.C.9896(エターナリア暦9896年)に建国がなされた。大陸から西に突き出た半島の大部分をその領域としている。
もともと小国が乱立していたような場所であり、諸侯が強い影響力を有していた。周辺には、半島の先端部にあるストールワート、北のヴァイゼスハイム、南のクランベリアなどの国があったが、それらと比較してラスターは国力があり、内紛の危険こそあれ、外憂はないのだ。
ここであげた危険・・・内紛は度々大きな事件を引き起こしていた。いくつかの大諸侯が、建国以来姿を消していった。国王派の差し金であったことは明らかにするまでもない。この危うい緊張は、近年も続いていた。
しかしながら、民衆にとって、この国の統治は概ね満足に値するものであった。ラスターが豊かな農業国であったことがその一助になったことは誰もが認めることである。半島の付け根に当たるオステンス−ブライン−ライムの近辺は一大穀倉地帯であり、半島中部の首都ギルディングもまた豊かな沃野を有している。人々を飢えさせずに暮らしていかせることができるのは、優れた統治の何よりも大事な証なのだ。
そして、ここはワンダーウッズ。「不思議の森」の名は、この国の東部に広がる広大な森に与えられた呼び名であり、同時に森のはずれに位置する小さな町の名前でもあった。この名の由来は、森の中に散在する古代の遺跡にある。これらの遺跡は歴史上の記録がなく、諸説があったが、一攫千金を夢見る者たちが集い、活気を呈していた。
第一章 冒険への旅立ちへ
「お嬢、まずは信頼できる仲間探しましょうや。仮に将来、俺たちが裏切ることになっても、裏切られることのない奴を」
30そこそこの、人相の悪い男が、まだ若い女に声をかけた。女はちょっとだけ普通の人が見ると違和感を受ける顔立ちをしている・・・それは、彼女が人間とエルフ族のハーフであるからだ。
「ヒューバートらしい考え方ね」
「だからこそ、俺がお付きに選ばれたんでしょうよ」
女はその男、ヒューバートの「やってられない」と語っている表情を面白がっている。
(ま、俺がいる間は心配ないんだが)
ヒューバートは、一党の事実上の主、ジョスリンの言葉を思い出す。
「ベルはまだ若く、思慮の浅い部分がある。そこはお前が補って欲しい。あんたはあの事件を知っているから、私があんたに求めていることはわかるわね?」
彼は、一党のお嬢様ベル=スタアのお目付け役をこうして任されることになった。ヒューバートは「ザ・ストライカー」で通っている荒くれな一面を持っているが、それだけではないことをジョスリン=スタアはよく知っている。
「お嬢、そこでだ。ここワンダーウッズのことは根城にしている俺たち一家がよく知っているが、これからお嬢が見ていく世界のことは、ここのもんではよくわらん。幸い、ここは冒険を生業にするものが集まる町だ。その中から、さっきの条件に当てはまる奴を選びたい」
ベルは何をしようというのかがわからないが、ヒューバートは結果さえよければ手段は問わない男だと知っている。
「一芝居、打って見せるから、お嬢は俺の言う通りに動いてくれ」
ちょっと悪童のような表情が見えたヒューバートは、簡単に説明をしてから、ベルを先に酒場「ワンダフル・フォレスト」に向かわせた。
ベルは「ワンダフル・フォレスト」へ先着して待っていた。駆け出しとはいえ、スタア一家のお嬢。さっそく人物の品定めをしてみる。結構な数の冒険者がいたが、駆け出しか、或いは輝きのない者たちばかりと映った。駆け出しであることは構わないんだけど、と思ったとき、ヒューバートが入ってきた。
彼は酒精(アルコール)の気を漂わせていた。ワインを一本空にしてからやってきたのだ。
不意にヒューはベルに近づき、彼女のそばで派出に躓いて倒れた。
ヒューはその通り名に違わぬ表情でベルを睨み付ける。
「よう、ハーフエルフの嬢ちゃん、よくもやってくれたやないか、え?」
かろうじてろれつが回ったような喋りでそう言うと、ベルに近づき、遂には椅子から突き落とす。それに反応して止めに入ろうとした者が数名いた。「ワンダフル・フォレスト」の主人アストンは即座に小さく警告する。
「おやめなさい。あいつは“ストライカー”と呼ばれている乱暴者のヒューバートだ。あんたら、見たところ駆け出しのようだが、あいつとは勝負にならんよ」
数名のうち、幾人かはそれを聞いて引き下がった。しかしながら、凛とした様子の青年戦士はこう即答した。
「あのようなことは、見過ごしては置けません。悪いのはあの男の方です」
「そうですよね。あれではあの子がかわいそうです」
若い術士風の女が応じる。
一人の男は、それを聞き流しつつ、ヒューバートの方へと向かう。ヒューは軽く一瞥して無視して見せた。
「お前、何バカなことやってるんだよ」
男はそれだけ言ってヒューのそばに立った。アストンから見れば自殺行為にも映ったが、ヒューは「俺は気に入らない」という強い意思表示と見て取った。
「決まりだ、お嬢。あとは説明してやってくれ」
そういうとヒューはそばの椅子に深く腰掛けた。彼の作戦は大成功だったようだ。
無論、説明を受けた3人は納まらなかった。
「貴様、俺を騙したのか」
ヒューに直接立ち向かったセインは、再びヒューのそばに立って彼を睨み付けたが、
「だが、俺たちといた方がここでは冒険もし易いだろうし、こちらとしてもセイン、お前さんを信頼できると判断しているから、互いにとっていいと思うが」
なおも睨み続けるセインに、ヒューは折れて見せた。
「騙した事は謝る。だが俺たちも少しでもよい仲間に巡り合いたかった訳だ。許してくれ」
更に二人の方も見やって
「お二人も、いかがかな、お嬢様方」
と同意を求めた。
青年戦士の方は意外な表情を見せた。なぜなら、何も言わないうちに自分が男装していることを見破って見せたからだ。
「えっと、名前は・・・」
「私はルーリエといいます。ブルト=ボーデン国の出身です。魔術師の訓練を受けました」
術士風の女は即答したが、今一人は警戒心からか、返事が来ない。仕方なく、ヒューはベルへ水を向ける。
「お嬢、このくらいはわかっていたよな?」
「当然、ね。凛々しいから間違えたいかもしれないけど、スタア一家の目はごまかせないわ。でも、ここの主人も気付いてたかもね」
ベルは即答して見せた。女戦士は主人の方を見たが、ニヤニヤしていた。駆け出しのベルすら気付いているのだから、警戒に値しないと訴えたつもりなのだが、アストンの反応はそれを助けるには十分だった。
「わかりました。わたくしもここのことは不案内で、仲間になってくれるものがいれば心強い。わたくしはシリル。神にお仕えしている聖騎士として修行をしております」
「女性の聖騎士とは珍しいな。まあ、俺の方は単なる戦士だ。よろしく頼む」
セインは同じ戦い手として軽くシリルを意識した様だった。
「さてと、最後になっちまったが、俺はヒューバート。さっきのことで承知かと思うが、ここでは乱暴者で通っている。今回はこのお嬢の手伝いで参加するわけだ。もし、ワンダーウッズを出て行くような話になれば、俺は行かないことになる。その時は、お嬢をよろしくな」
「私がベル。もう知られちゃったと思うけど、この町の“スタア一家”の一員よ。夢はトレジャーハンターとして、誰も見たことのない宝物を見つけること。でもまずは見たことのある宝物でも探さないとね」
危険な冒険には仲間が欲しい。5人はそれぞれに秘めた願いを持って、その出発点に立つ。