【薔薇ノ木ニ初恋ノ花咲ク】     ・・・ 2006.8.5


寮の部屋に戻ったは、自分の布団に潜り込み、こちらに背を向けて不貞寝するを見た。
こういうところは子供のころから全然変わっていない。は小さく笑った。
あの息遣いは、確実に起きている。
仕方ないなという表情で、椅子に腰掛けると、に向かって声をかける。

「夕飯は?」

「・・・いらない」

「風呂は?」

「さっき行った」

「・・・」

意味深な沈黙。

「なんだ」

布団越しの、くぐもった声。

「さっき、理乙の金子と土田が小声で話していたのを偶然聞いてしまったんだが・・・」

「?」

「あの小使い、あの時のあれは・・・無理矢理だったらしいぞ」

「!?」

思わず布団から起き上がり、の顔をまじっと見る
気まずい沈黙が流れる。

「・・・そうか、悪いことを言ったな。いくら虫の居所が悪かったとは言え・・・」

すまなそうに目を伏せる

「明日にでも謝れば大丈夫だろ。まぁ・・・あの時、青い顔して走っていったから、何かあるのかと思えば、そんなことらしいな」

は、複雑な表情で机に向かう。
と、そこに見覚えのない封筒が置かれていることに気付く。

、いつからこんな洒落た真似をするようになったんだ、恋文か?」

「何の話だ」

「これだよ」

ぴらりと白い封筒をに見せた。

「そんなもの、俺がここに戻った時にはなかったが・・・寝ているうちに誰か置いていったのか?」

「まぁ、部屋には鍵もないからな。ん、裏に何か書いてある。 ・・・・花喰ヒ鳥?」

「何だそれは。名か? だとすれば随分と洒落た名だな」

少し興味が湧いたのか、はむくりと寝台から起き上がると、の机に腰掛ける。

「中身は・・・写真?」

が封筒から、一枚の写真を取り出す。

「これ・・・・・・は」

目を瞠る。
そこには、あの晩、二人が目の当たりにしたあの光景が綺麗に映し出されている。
快楽の余韻に浸るように切ない表情で横たわり、何をしていたのか一目瞭然のその姿。
その写真を横から無表情に覗き込む

「これが、金子と土田が話していたように無理矢理の現場だったとすると、その犯人が花喰ヒ鳥ということなのか?」

腕組をしながら、考え込む

「花喰ヒ鳥・・・こんなものを俺達に見せて、一体何が目的なんだ・・・?」

ほぼ無意識にぼやきつつ、は考える。
寝ている間にこれが置かれたのだとすると、その人物は眠っているに気付かなかったはずはない。
そう思うと、の背筋に冷たいものが走った。









花喰ヒ鳥から写真の入った封筒が届いたあの日から、は小使いの動きに注目するようになった。
あのようなものが寮の部屋に置かれていたということは、自分達は何かしらの事件に巻き込まれたと思っていいだろう。
窓の外では、庭の掃き掃除をしている小使い。
心なしか、憂鬱そうな、悲しそうな顔をしているように見える。
謝らなくてはいけないと思いつつ、機会を逃し今に至るは、その姿を見て小さく溜息をついた。

「よぉ、嬢」

頭上から声をかけられて、不意に顔を上げる。
倉田の下品な顔が、前髪の下の切れ長の眼に映る。
不機嫌の色を隠しもせず、は手に持っていた推理小説に視線を戻す。

「無視するなよ」

「うるさい男だな。俺は読書中だ。見てわからないか」

「お前、今、あの小使いを見ていただろう?」

「・・・」

「悪いことは言わねぇ。あいつに構うのはやめておけ。痛い目を見るぞ」

読んでいた本から、ほんの少しだけ視線を上げる。

「・・・どういう意味だ? 彼に、何がある?」

もしや、この男は花喰ヒ鳥を知っているのだろうか。
は努めて落ち着いた声で問うが、倉田は面白くなさそうにそっぽを向いた。

「とにかく、もし何か・・・あの小使いが不利になるような何かを知ってるんなら黙っておくんだな」

どこか意味深に言って、倉田が自分の席に戻っていった。
無意識に、の眼はを探す。
すると、それをわかっていたかのように斜め前の席のが振り向き、神妙な顔で頷いた。
今の話はしっかりと聞いていたようである。

一足先に寮に戻ったは、改めて白い封筒の中身、写真を眺めた。
この写真から得られる情報がないものかと。

・・・確かに、官能的では、ある。

心のどこかで、そう思ってしまうのを、認めたくない自分がいる。
は、ふるふると首を振り、改めて写真を見つめた。
部屋の扉が開く音がする。

「倉田のやつに、さっきの話を聞いたんだが、どうあっても口を割ろうとしないんだ」

が後頭部を掻き、悔しそうに言いながら部屋に戻ってきた。
どうやら倉田に問いただそうとしたが、失敗したらしい。

「そうか・・・誰かに口止めされているのか・・・それとも・・・いや、まさか、あれが倉田とは思えない」

この写真の小使いの相手が倉田だという線を、普段倉田から発せられる軟派で下劣な発言から、自分で否定する。

「いや、それはないだろう。あの日、倉田は明け方まで数人と部屋で飲んでいたらしいからな」

「それも聞いたのか」

「ああ。でも意外なことに、そこは全然構えずに答えたんだ。 怪しいそぶりもなかったね」

腕組をし、不思議そうに首を捻る

「・・・ということは、この件に関しては無関係ということか・・・?」

写真を指で軽く弾きながらが言う。

「情報集めるのは、俺がやるから、お前は推理に没頭しろよ。
 なんだかこの事件、お前のよく読んでる小説みたいだな。なんだっけ・・・水川・・・ダキツキ?」

「・・・・ほうげつだ」

「あ、そう読むのか、それ」

の枕元に置いてある本を指差しからからと笑うに、軽く眩暈を覚え目頭を押さえる
こほん、と咳払いをして、は誤魔化すように言った。

「しかしなんだ。この写真は、俺達に対する挑戦だと、俺は思ってる。 花喰ヒ鳥は俺達が目撃してたのを知ってたんじゃないか?」

は言葉を続ける。

「若しくは、何かの拍子にそれを知ったか・・・それとも、まだ容疑者の段階で揺さぶりをかけているのか・・・」

しかし目撃した人間に、今更写真を送りつける意味がわからない。

「まぁ、あの小使い本人がこの写真を送ることはなさそうだからな。 あの様子から言って」

の脳裏に青い顔をして走り去った小使いの姿が浮かぶ。

「確かにそれはないと見ていいだろうが・・・まったく無関係の人間とは言えないだろう? 彼に恨みを持つ人間がいるはずだ」

考え込む仕草の
開いたままの窓から、心地良い風が吹いてくる。
揺れる前髪の間から覗く、切れ長の目がきらりと光ったように見えた。

「そうだな。金子や土田にも聞いてみるか?」

「・・・」

聞いたところで答えるだろうか。
が立ち聞きした情報によると、確かに、何かを知っていそうな気はする。
いや、何かを知っているに違いない。それはあきらかだ。
それに、例え別件だとしても、倉田のあの妙な台詞も引っかかる。
あの小使いが絡んでいることは確かなのだから。
が黙って考え込んでいると、が少し遠慮気味に声をかけてきた。

「もしも他にいい考えがあるのなら・・・」

「いや、それとなく聞けるものなら聞いてみて欲しい。だが、別々にいる時を狙って聞いたほうが良さそうだ。
 俺も金子とは少し面識があるから、そっちは俺が聞いてみよう」

つまるところ、手がかりを得るためには、直接危険ではなさそうな、
それでいて何かを知っていそうな人間に聞き込みをするより他ないのだ。

「わかった。それじゃあ俺は土田に聞いてみる」

「それから、例の現場をもう一度見ておくといいかもしれないな。明日、帰りに寄ってみる」

「あの薔薇の木か・・・」

「ああ。花喰ヒ鳥の挑戦、受けてやろう」

にやりと笑うに、は少し寒気を感じる。綺麗すぎる横顔。
白すぎる肌に、腰まで流れる漆黒の艶やかな髪。かきあげた前髪から覗く少し青味を帯びた切れ長の瞳。
は、昔何かで読んだ、外国の本に出てきた血を吸う美しい鬼のようだと思った。



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