さっそく校舎の中の、とある倉庫に向かう。 数週間前、理乙の金子がそこから出てくるところに、偶然遭遇したことがあった。 −−−サボタージュである。 もともと他人には特に興味のないだったが、まさか金子がそんなことをする人間だとは思っていなかったので、 驚きついでに声をかけてみたのだ。 金子もから声をかけてきたことに驚いたが、気さくに話をしてきた。 それ以来、何度か廊下などで顔を合わせれば笑顔で軽く挨拶するくらいの仲にはなっていた。 「やぁ、・・・・そういえば君は、文甲の教室ではフロイラインなどとと呼ばれているそうじゃないか」 倉庫の中。 にこにこと話しかけてくる金子に、はあからさまに不機嫌な顔をする。 「一部の人間が勝手に呼んでいるだけだ」 「聞いたよ。君、すごく綺麗な瞳をしているんだって? ちょっと見せてくれよ」 「断る」 「どうして? 俺に気があるから、こんなところまで来たんじゃないのか?」 くすくすと笑いながら、金子がに近づいてくる。 どうやら、とても裏表のある人間のようだ。サボタージュの現場を目撃した時から薄々感じてはいたが。 自分より少し背の高い彼を、目だけでも見上げなければならないほど接近されて、は後ずさろうとした。 「!?」 「残念。そこはもう、後がない」 背中に当たる、硬い壁の感触。 じりじりとにじり寄ってくる金子を、前髪に隠れた切れ長の眼できつく睨む。 「いいじゃないか、顔を見たいだけなんだから」 言いながら、右手を前髪の下から手を差し込み、柔らかくかきあげる。 通った鼻筋に、細く形の良い眉、差し込む薄い光を浴びて、青く光る瞳。そして、少し軽薄そうに見えるが上品な唇。 完璧な造形。 「・・・・ほぉ・・・・・・・・・・・」 思わず漏れた溜息。 「やめろ・・・っ」 パシッと手を振り払う。 「くく。嬢は勝気なんだな」 今すぐに殴り倒してやりたい気持ちになったが、当初の目的を思い出し、ぐっと堪える。 「・・・・あんたには、聞きたいことがあって来たんだ」 わざと低い声を出して、怒りを全面に出しながらが言う。 「聞きたいこと? なんだい?」 の威嚇は全く効果がなかったようで、けろりとした顔で聞き返す金子。 「あの、若い小使いについて、何か知っていることはないか?」 一瞬、金子の瞳が揺れたのを、は見逃さない。 「何かを、知っているんだな? それでは、花喰ヒ鳥の正体も知っているのか!? やつの目的は一体何なんだ!?」 一気に捲くし立てる。 「・・・花喰ヒ鳥を、君は知っているのか?」 訝しげに問い返す金子。その眼も、口調も静かすぎて気味が悪い。 「ああ、写真が送られてきた。あの小使いの・・・な」 「・・・・・・・・・・」 更に真顔になって、を見つめる金子。 「何か知っているなら、教えてくれ。花喰ヒ鳥の一体目的はなんだ?」 もう一度同じ質問を繰り返す。 「逆に聞くが、君は、メートヒェン・・・いや、日向要について何を知ったんだ? 写真というのはその・・・」 「日向要・・・? ああ、あの小使いの名か。写真は、薔薇の木の根元で撮られたものだ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「金子?」 「いいか、。お前はもうこの件には、関わるな」 「何?」 「君がよく水川抱月の本を読んでいるのは知っているから、こういう事件を楽しむ気持ちもわからんでもない。 だがこれはそんな小説感覚の生半可なお遊びじゃないんだ・・・悪いことは言わない、もしも・・・何かを目撃したのなら忘れろ。 そして、この件に関して一切の他言をせず、日向要にも金輪際近づくな」 そんなことを言われて、引き下がるわけにはいかない。 「・・・お遊びじゃない、忘れろ、近づくなだと? だったら、その理由を言ってみろ。 お前がそうまで言うということは、花喰ヒ鳥について・・・あの小使いについて、 確固たる何かを知っているからだろう? 俺はその理由を聞きくためにここまで来たんだ。 あの写真が花喰ヒ鳥から届いた以上、俺はもう無関係ではない。知る権利は、あるはずだ」 最後の部分に力を入れて、は真っ直ぐに金子の目を見据えた。 「どこで俺と日向要、そして花喰ヒ鳥との関わりを知ったかは知らんが・・・とにかく、 俺はこの件に関して君に何かを教える気はない。そうすることで君が他に嗅ぎまわるというのなら、 悪いが全力で阻止させてもらう。・・・これ以上被害が大きくならないうちにな」 「阻止だと? ふざけるな。聞いた話ではあれは無理矢理だったと・・・。 貴様、そんな問題を放置しておいていいと思っているのか!」 「約束してくれ。この件に関して、君はもう首を突っ込まないと。でなければ・・・」 すぅっと目を細める金子に、が一瞬怯む。 しかし、引くわけにはいかない。もはや自分はこの件について無関係ではないのだ。 ここは強気に出るしかない。 「お前が口を割らないというのなら、別の方法を取るまでだ」 そう、吐き捨てた。 「・・・後悔するぞ」 怒っているのとは、また別の種類の強い瞳だ。は金子を押しのけて、憮然とした表情で踵を返す。 予想に反して金子は引き止めることも、追ってくることもない。 有力な情報を得ることは出来なかったが、これではっきりしたこともある。 別件だとしても、倉田が言っていたのも、金子の言っているのも、間違いなく花喰ヒ鳥に関してのことだ。 そしてこの二人は花喰ヒ鳥に、とても有効な方法で口封じされている。 「邪魔をした」 それだけ言うと、は倉庫を出た。 薔薇の木までやってくると、金子の台詞を思い出す。 『小説感覚の生半可なお遊びじゃないんだ・・・悪いことは言わない、もしも何かを目撃したのなら忘れろ』 同時に、この場であの晩目撃した映像が頭の中に流れ込む。 あの時に相手の顔を見ておけば良かったと思っても今更なのだが・・・、は深い溜息をついた。 しかし、そう考えれば、あれを目撃した時点で既に、この事件とは無関係などとは言えないのではないか。 相手の顔を見ようと見まいと、こうして挑戦状を叩きつけられているのだから。 ・・・どうであれ、花喰ヒ鳥は、自分達があの晩ここで目撃したことを知っているのだ。 それを知った上で、あのような写真をつきつけて、挑発していることには揺るぎない事実。 「・・・・一体、何があると言うんだ・・・っ」 関わるなだと? 口を揃えて・・・・。は忌々しげに土を蹴る。 「いやぁ、荒れてるねぇ〜」 どこからともなく聞こえてきた呑気な声。 場所が場所なだけに、が傍目から見ても十分わかるくらいに身を強張らせた。 「おや、驚かせてしまったかな? ごめんごめん」 薔薇の木の後ろからひょっこり顔を出したのは、金色の長い髪に蒼い瞳の長身の男。 蒼の瞳・・・はつい、まじっと見つめてしまった。 「珍しいかい?」 「あ、す、すまない・・・」 自分よりも数段明るい蒼に、思わず見入ってしまったは、ばつが悪そうに視線を逸らして謝った。 着物を着て、日本語を流暢に話しているところを見ると、余所者扱いは失礼だろう。 生粋の日本人・・・のはずの自分も、この微妙に青く見える瞳を凝視されるのはすごく嫌なのだ。 は、あえて男の口元を見た。 「いや、君が謝ることはないよ。うん」 どこか悪戯っ子のような、人懐こい笑みで話してくる。 「・・・貴方は?」 「ぼく?」 ふんわりと笑う気配。 「ああ、失礼。この場合は俺が先に名乗るべきか。俺はこの学校の学生で、文甲二年、という」 「ふふ・・・自己紹介有難う。ぼくは・・・うーんそうだな・・・・・」 「・・・・・・・・・」 怪しい。自己紹介に、考え込む必要はないだろう。 は、形の良い眉を寄せて、男をまじまじと見つめた。もしや、本当にこの男が花喰ヒ鳥ではなかろうか。 「ぼくは・・・」 「まさか・・・・花喰ヒ鳥か?」 「えっ!?」 目を見開く男。顔色が、変わった。 それは、の言葉を肯定しているということなのか。 は思わず後ずさる。 「・・・ほ、本当にそうなのか?」 はいつでも逃げられる体勢で、恐る恐る確認する。 その声にはっとしたのか、男は小さく咳払いをすると笑顔に戻り、自己紹介をした。 「いや、ごめんね。ちょっと聞いたことがあるような気がして驚いちゃっただけ。ぼくは雅彦というんだ」 「雅彦? 苗字は?」 「ないと不便かい?」 「いや・・・そんなことはないが」 この容貌で、雅彦はないだろう。は思ったが、そこはあえて触れずにいようと思った。 「ここにはね、小鳥の死骸を・・」 雅彦・・・小鳥の死骸・・・? 「ちょっと待て」 不機嫌そうに言葉を遮ったに、男は不思議そうな顔だ。 「それは、嘘だな? 俺が読んだことのある小説の一節と非常に似ている。いや、そのままだ」 「・・・まさか、読んだの? その小説」 男は不思議顔から、きょとんとした顔に変わる。 「ああ。推理小説は好きだからな」 「そっかそっか。 嘘吐いてごめん。ぼくはね、繁って言うんだけど、君はその小説、全部読んだの?」 何故だか妙に嬉しそうな顔で、わくわくしたように聞いてくる。 は、困惑した様子でしばらく黙っていたが、どうもこの男が花喰ヒ鳥には見えない。 何故かと問われれば返答に困るわけだが。 「読んだが・・・」 「どうだった!?」 「どうって・・・俺は面白いと感じたものしか記憶に残っていない」 それは事実である。 記憶するところ、その一節が出てきた小説は確か水川抱月著書の『樹の下にて』だったはず。 ちなみに水川抱月は、の最も敬愛する作家である。 「それじゃあさ、その著者の他の作品は読んでない?」 「・・・たまたまその著者の本は全て・・・あ、いや・・・その、ほとんど読んだと思うが・・・」 初対面で、何も全てを曝ける必要はないだろう。 気恥ずかしさもあり、少し視線を外しながら言うに、繁と名乗った男はとても満足そうに頷いた。 「そっかー」 は極端な読書嫌いで、は今まで読んだ本について話すことができる友人はいなかった。 なのでこの男と水川抱月について、もう少し話してみたい気はするが・・・、はぐっと堪える。 ここで流されてはいけない。 さっき、この男は確実に反応したはずだ。花喰ヒ鳥という響きに。 「それはそうと、あんた・・・花喰ヒ鳥を知っているな?」 が鋭い眼で、繁を見た。 だが、今度は何もうろたえた様子もなく、男は「知らないよ」と答えた。 「・・・・」 そんなはずはない。 「それより、その花喰ヒ鳥ってのが、どうかしたの?」 逆に問われ、は困ったように黙り込んだ。 繁のその表情は、上っ面は柔らかく微笑んでいるように見えるが、その内側を探ることは出来ない。 「あんたが何者かわからない以上、それは言えない。もし、何かを知っていて、その情報をくれるというのなら話は別だが」 そこまで言うと、急に繁の顔付きが変わった。 引き攣るような焦るような。その蒼の瞳はの更に後方を見ている。 一体、何事だろうか。がその視線の先にあるものを確かめようと後ろを向いた。 <<<前 次>>> |