【薔薇ノ木ニ初恋ノ花咲ク】     ・・・ 2006.8.5


「やぁ、レイフ」

そこに、にこやかに立っていたのは生物教師の月村だった。
何故だかぞくりとするものを背に感じ、は居心地が悪くなる。
いつの間に・・・。

「おや、くんではありませんか」

つい、と押し上げる眼鏡の奥から覗く瞳がとても冷たい光を放っている。
どうも苦手な相手だ。何を考えているのかさっぱりわからない。
しばらく続いた沈黙の後、は一礼すると、すぐにその場から立ち去った。
残された繁と、月村は互いに意味深な笑みを浮かべる。

「彼と、何を話していたんですか?」

ゆっくりと口を開いたのは月村のほうだった。

「水川抱月の『樹の下にて』についてだよ」

「本当にそれだけですか?」

「そうだよ」

言い切った繁だったが、次の瞬間に、再度顔色を失う。

「水川先生、嘘はいけませんよ」

「・・・! か、要くん・・・」

薔薇の木の陰から、小使いの青年がひょっこりと現れる。

「一体、いつからそこに・・・」

繁の顔に狼狽の色が濃く浮かんでいる。

「先生が、さんと先生の本について語っている時からですよ」

迂闊だった。つい嬉しくて、周囲に気を配っていなかった。
繁は僅かに唇を噛んだ。
これは、とてもまずいことになりそうだ。なんとかしてごまかさなければ。
繁は物書きとしての名誉にかけて、この非常にまずい状況を打破するような話題を必死に思案する。

「月村先生、水川先生は、彼に花喰ヒ鳥について聞かれていたんですよ」

その様子を見て、要は少し咎めるような言い方で月村に言った。
やはり、聞こえていたか。落胆の表情を隠しきれない繁に月村が冷たい視線を投げかける。

「そうでしたか。くんが、花喰ヒ鳥という名を知っていると?」

「先生、やはり彼の手元にも花喰ヒ鳥からの写真が・・・」

大きな目に涙を浮かべ不安そうに言う要に、月村が優しく手を伸ばし、頭を撫でる。

「可哀想にこんなに震えて。 くん・・・少し、彼について調べてみましょうか」

要に向けられた優しい口調とは裏腹に、口元は酷薄な笑みを浮かべる月村。

「幹彦・・・」

繁がいたたまれない表情で、月村を見る。
すがるような視線。

「なんですか?」

月村のにこりと、繁のぞくりは、ほぼ同時だった。









寮に戻ったは、先に部屋に戻っていたに今日あったことを話していて、気付いた事があった。

「月村教授・・・」

「ん、どうかしたのか?」

「そういえば、あの小使いをよく構っていたような気がすると思ったのだが・・・」

「ああ、それなんだが・・・」

そこまでは、普通に話を聞いていたが、急に声を潜めた。

「俺も今日、土田と接触したんだが、途中、月村教授が通ったんだよ。
 そしたらあいつ、血相変えて、場所を変えようと言ってな。さっきまであいつの部屋にいたんだ」

「・・・それは怪しいな。この件に、月村教授が関わっていると見て、ほぼ間違いはないということだろうか」

「まぁ、場所を変えたはいいが、あいつ結局何も話さなくて。何を聞いても黙り込んで、
 最終的には、見たもの聞いたことを全て忘れろという始末だ」

「またそれか。花喰ヒ鳥に接触したと思われる人間は皆口を揃えてそう言う・・・」

しかし盲点だった。小使いの青年がこの学校で一番親しいのはあの男ではないか。
金子の口から月村の名はでなかったが、それはこちらから名前を出さなかったからであって、もしも彼の名前を口に出していたら・・・。
そこで、はもう一つの事実に気が付いた。

「おい、倉田は最近生物の授業に出ていないな・・・?」

「実は俺もそこに注目したんだ。偶然かもわからんが・・・金子や土田もなんだ」

これは、どう考えても月村が絡んでいると見て間違いないだろう。
花喰ヒ鳥が月村だと断定するには、まだまだ証拠が足りないが、関わっていることだけは確かだ。
そして、この件に関わった者は少なくとも彼を避けているという事実がある。
ということは、花喰ヒ鳥本人でないにしろ、そちら側の人間だという可能性も非常に高い。
だがしかし、だとするならば、あの小使い−−−日向要の敵とも言える相手ではないか。
にもかかわらず、月村と要は最も親しい。これは一体どういうことだろうか・・・。
はしばらく目を閉じて考え込んでいたが、不意に口を開いた。
再び現れた青味がかった瞳には、不安と好奇の色が混じっている。

、危険だから、お前はこれ以上この件にかか・・」

「おい、待てよ。今更関わるななんて言ったって、無駄だぜ? あれを目撃したのは俺も同じなんだ」

の言葉を遮ってが言う。ほんの少し怒った口調で。

「しかし、危険だ」

「それはお前も同じだろう? ここまで足踏み入れといて、今更何事もなく出来るわけがない。
 それに月村教授が怪しいってことになれば、俺達がここまで嗅ぎまわってたこともお見通しなはずだろ?
 直接関係あるかは知らんが・・・、花喰ヒ鳥があの写真を俺達に持ってきた以上、もう逃げられないと思うぞ」

「・・・」

「心配なのは、お互い様だ。お前にもう関わるなと言ったって、どうせ言うこと聞かんのだろう? だったら俺も同じだ」

揺ぎ無い決心を宿した瞳。

「・・・ふぅ。この、頑固者が」

言いながらも、の眼は優しく笑っている。
つられてもにっと笑った。

「お互い様だ」

もとより、他人に興味がないのはも同じである。ほどではないにしろ。
幼い頃から、華奢で女のような外見とは正反対な、短気で馬鹿みたいな自尊心の塊だったを守るのは、もっぱらの役割だった。
ここまで首を突っ込んでおいて、今更放っておくことなど、出来るはずもない。
それに狙われるとすれば、今日月村本人と接触してしまったの可能性のほうが高いだろう。
もしも、その間の話−−−繁との会話を聞かれていたとするならば、なおのこと。
は心配そうな面持ちで、少し楽しげに思案しているには気付かれぬよう、小さく嘆息した。



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