昼休み。 昼食を終えたは金子に呼び出され、倉庫にいた。 「どうやら君も、仲間入りしたようだな」 不機嫌極まりない金子。 「・・・起こってしまった事実に対して否定はしないが、その後に取る行動について仲間とは思われたくない」 更に不機嫌な調子でが言う。 「だからあれほど言ったのに。写真を、撮られただろう?」 「・・・」 「俺達に出来るのは、次の被害者を出さないことだけさ」 煙草を咥え、火をつける。 長く吐いた紫煙の向こうでが背を向けるのが見えた。 「話がそれだけなら、俺はもう行く」 「フロイラインが、一体何をされたのか気になったんだがな。 メートヒェンとフロイラインの絡みだったら俺も是非見てみたかったな、と」 「下衆が」 「なんてな、実は俺も君の写真を持っていたり・・・」 「何!?」 急にの顔付きが変わる。 そういえば、どうして写真を撮られたことを知っているのだろうか。 「実に美しかったよ」 「・・・俺に、何をさせたいんだ?」 低く、搾り出すような声。 「フロイラインは物分りが良くて助かるよ。何、そう難しいことじゃないさ。俺、最近ちょっとご無沙汰でね。 最後までとは言わないから、君の美しい姿を生で拝みたいなと思っただけだ」 「嫌だと言ったら?」 「君はそんなこと言えないと思うが?」 喉の奥でくつくつと笑う。 「君のその綺麗な髪を、解いたところを見てみたい。 もっと言うなら、それを振り乱して喘ぐ君が見たいね」 うっとりと自分を見る金子に、違和感を感じる。 髪の紐を解いたところ・・・? まさか。 「俺は人前でこの紐を解くことはない」 「だから言ってるんだ、その姿を、俺だけに見せてくれないか、フロイライン?」 ・・・かかった。 の眼が冷たい光を帯びる。 「断る」 「いいのか? 写真を学校中に公開しても」 「貴様は、写真を持ってはいない」 「な!?」 あの時、寝込みを襲われたは髪を結わえてなどいなかった。 したがって、写真に写っているの姿は、先ほどから金子が見たいと言っている姿のはずなのだ。 金子も、の言っている意味がわかったようだ。 「・・・そうか。残念だ、その写真見たかったよ」 肩をすくめて言う。 「俺は、あきらめない。泣き寝入りなど、絶対にしない」 「負けず嫌いは美徳かも知れんが、その写真がばら撒かれて君は困らないのか?」 「・・・必ず取り返す。それに、こちらには切り札がある」 「切り札?」 「ああ、まだ手元にはあの小使いの写真がある」 「何!? 取り返されなかったのか?」 はにやりと笑った。あの写真の封筒は確かにの机にあった。 しかし、こんなこともあろうかと、中身の写真は数ある小説の中の一冊に挟んで隠してあったのだ。 あの日確認したところ、やはり封筒はなくなっていた。 写真程度の厚紙を中に入れておいたから、中身までは確認しなかったのだろう。 あれほど屈辱的な思いをさせられた仕返しにしては、少々可愛すぎるが、幾分か気分はすっきりした。 「金子、お前はこの話を・・・月村にするか?」 「・・・・・・・俺がしなくとも、写真を取り返せていない事実は変わらんだろう。既に気付いていると思うが?」 「少なくとも、俺が意図的に隠したことを、今、お前は知っただろう?」 「・・・・」 「黙っていてくれるのなら・・・お前の写真も一緒に取り返してやる」 女のような外見のくせに、なかなか芯の強い男である。 自分がそれを取り返せると信じて疑っていないように見える。 金子の口元が自然に緩む。 「俺も、たいがい自信家だと言われるが、君はそれ以上だな」 「そうか?」 つられて、ふっと笑う。 女神のようだと、金子は思った。 「・・・と、呼んでもいいだろうか」 「?」 「俺も、光伸と呼んでもらって構わない。いや、呼んで欲しい。 俺は教室にいないとき大抵ここにいるから、もし暇があれば訊ねてきてくれ。 ・・・・・・・これは誰にも公言していなかったんだが・・・、俺も水川抱月の小説をよく読むんだ。 話し相手になってくれると、その、有難いんだが・・・」 少し頬を紅く染めて、金子が言う。 「・・・よくわからないが、水川抱月について話せるのは魅力だ。わかった、時々顔を出そう」 「有難う、・・・」 照れながら名前を呼ばれ、は細く形の良い眉を寄せる。 「照れるなら、今まで通り苗字で呼べ」 「・・・そんなことよりも、例の件。俺も出来るだけ協力しよう。確かに、脅されたまま泣き寝入りするのは癪だからな」 声の調子を神妙に戻し、光伸が言った。 「ふ、まさかお前が味方になろうとはな」 「惚れた弱みだ」 「は?」 意味不明というようにが光伸を見れば、曖昧に微笑んでいる。 「いや、なんでもない。ほら、鐘がなったぞ」 「ああ。それじゃあな」 光伸は倉庫のわずかな場所にどっかりと腰を下ろし、ひらひらと手を振った。 そう、まだあの写真は手中にあるのだ。まだ負けたわけではない。協力者もいる。 これでようやく向こうが自分達と並んだだけなのだ。 そんなことを考えながら、気が付くとは薔薇の木の前に立っていた。 全ての始まりの場所。 「やぁ、くんじゃないか」 美しい薔薇に溶け込んでいたのか、声をかけられるまでその姿に気が付かなかった。 は声のしたほうを向くと、したかしないかわからない程度の会釈をした。 その視線の先には淡い金髪を後ろで束ねた蒼い瞳の、謎多き男。 「どうしたの、真剣な顔しちゃって。何かあった?」 この男は月村と親しいようだった。 本人は繁と名乗ったが、月村の呼んだ「レイフ」というのが本名なのかも知れない。 迂闊に近づいては危険だろう。 「おーい、どうしたの?」 目の前で手を振られ、ははっとした。 「あ、すまない」 「うーん・・・」 着物の袖に両手を入れて、考え込む仕草。 「時に君は・・・」 繁が言いかけた時、ちくっとした痛みがの右目に走った。 「・・・っ」 「ん、どうかした?」 「いや、目に何か・・・」 「あぁ〜、髪が入ったんじゃないかい?」 もそう思い、目の前にあった前髪をかきあげてみたが痛みは治まらない。 「痛ぅ・・」 「もしかして、睫かな? ちょっとこっちに来てごらん?」 繁はごく自然な動きで、の細い腰に手を回すと、ぐっと引き寄せた。 「ぁ」 「痛いかも知れないけど、目を開けてごらん?」 言われたとおり、はうっすらと右目を開ける。 本来なら、このような得体の知れぬ男に抱き寄せられて、そう言われても、 大暴れして抵抗して、絶対瞳を見せるようなことはしない。 しかし、この男の瞳は蒼いのだ。自分よりもずっとずっと明るい蒼。 「あぁ、やっぱり。睫が入ってるね」 そう言うと、繁は自分の人差し指の先をぺろりと舐める。 「ほら、じっとして」 の右目に、細く長い繁の指が見えたかと思うと、一気にぼやけた。 右目にわずかな違和感を残し、その指が離れる。 「ほら取れた。君、睫長いね〜」 「・・・何故、瞳の色について触れない?」 「触れてほしかったのかい?」 優しげに細められた目。 「いや・・・。 その、触れられたところで、理由は俺もわからないからな」 ふ、と遠い目。そう、の瞳の色について、本人も確固たる理由は知らないのだ。 おそらく遠い血縁者からの隔世遺伝だと思われるが。 だがそのせいで、幼い頃はよく虐められたりしたものだ。子供は時としてとても残酷である。 「・・・辛かっただろう?」 繁は思わず、文字通り思わず、を抱きしめた。 何故だかの目に涙が溢れてくる。 今までも、同情してくれる人はいた。のように守ってくれる人間もいた。 しかし、ここまで暖かく包んでくれた人間が今までいただろうか。 「おやおや、案外泣き虫君なんだねぇ」 ぽんぽんと背中を軽く叩かれる。 まるで子供をあやしているような動きだ。それなのに、不思議と腹は立たない。 「時に君・・・ぼくの家に遊びに来てみない?」 「あんたの家?」 「すぐそこなんだけど。ああ、もちろん強制じゃないよ。ただ、ここは少し落ち着かなくてね」 視線だけ、どこかを見上げながら繁が苦笑交じりに言った。 何故、わざわざ落ち着かない場所にいたのか。 は少し疑問に思ったが、繁に誘われるまま雑木林に足を踏み入れた。 <<<前 次>>> |