なるほど、拷問としてはとても有効な手段だったと言えよう。 痛い思いをせずに済んだ。 だがしかし、それは身体だけの話である。 実際にの心には、もやもやとした、それでいて鋭い棘のような痛みがずっと抜けない。 忌々しげに舌打ちする。 「先輩、いますか?」 遠慮がちに聞こえてきた声。 は、気だるい表情をそのままに、部屋の扉を開けた。 そこに立っていたのは、確か・・・一年の木下と火浦。 「俺に、何か用か?」 目の前に立つ少年二人に問う。 「えっと、長身の外人さんに、薔薇の木の下で先輩を待ってるって伝えてくれって言われたので、伝えに来ました」 赤髪の方、火浦がぶっきらぼうに答えた。 長身の外人・・・薔薇の木の下・・・の頭に該当する人物は一人しか思い浮かばない。 「そうか、有難う」 礼を言うと、部屋の扉を閉じた。 その直前、木下が俯きながら少し気になる笑みを浮かべていたが、はあえて気にしないことにした。 彼はどこか昔の自分に雰囲気が似ていて得意ではなかったからだ。 は本棚から水川抱月著書の『樹の下にて』を手に取った。 雅彦の登場場面を開く。そこには、小使いの青年の写真が挟み込まれている。 「・・・・・・・・・・」 ぱたんと本を閉じると、また本棚に戻した。 本当は一言相談したかったが、は風呂に行っていていない。 「仕方ない、行くか」 マントを手に取ると、は既に暗くなった外に向かって歩き出した。 一体全体、どうしたというんだ。 はぷりぷりと怒りながら、廊下を歩いていた。 いつもより随分と遅くに寮に戻ってきたは、あきらかに様子がおかしかった。 何を話しかけても上の空で、怒っているのかと思えば、寂しそうな顔をしたりして。 夕飯はいらないと言うし、風呂はが夕飯に行っている間に勝手に行ってしまうし。 何かあったと聞いても、何もないと答えるだけ。 「ちっ」 無意識に出た舌打ち。 目の前を歩いていた一年が、肩をびくっと震わせた。 その一年が、恐る恐る後ろを振り返る。 と目が合った。 「な!?」 その瞬間、一年は脱兎の如く逃げ出す。 逃げるものは、追いたくなるものだ。は全速力でその一年を追いかけた。 「見失った・・・」 どいつもこいつも一体なんなんだ。またもや振り出しに戻る。 と、小さな声が聞こえてきた。 曲がり角の先、見えないところで潜めるような声が聞こえる。 −−− 何、フロイラインのところにか? フロイライン? のことか? が耳をそばだてた。 −−− ああ、さっき部屋の前を通ったら木下と火浦がいた。 この声は土田の声だ。 木下と火浦・・・そういえば、先ほど自分から一目散に逃げていったのは一年の火浦だ。 −−− それで? −−− たまたまさっき部屋の窓を閉めようと思ったら・・・が一人で外へ出て行くのが見えた。 は声の主が土田だと確信すると、曲がり角の先に足を踏み出した。 「・・・!!」 土田の目に、動揺が浮かぶ。 「・・・どうやら聞かれちまったらしいな」 話し相手は、土田の隣の部屋の金子だった。 「詳しい事情は言えないが、まずいことになったかも知れない。だったな、にはどこまで話を聞いている?」 ? 金子とはいつからそこまで親しくなったんだろうか? いや、今はそんなことはどうでもいい。まずい状態とはどういうことだろう。 「どこまでって・・・」 「そういえば、火浦は確か、薔薇の木の下とか言っていたような・・・?」 思い出すように土田が言った。 「あ、おい、待て、!! 危険だ!」 引き止める金子の声を無視して、は走り出した。が危ない。 理由はそれだけで十分だった。ただでさえも、まともな状態ではなかったのだ。 が全速力で走る。頼むから、間に合ってくれ・・・!! ぜいぜいと肩で息をしながら、薔薇の木の下までやってくる。 「っ!どこだ!?」 返事はない。 辺りは月明かりだけで、非常に薄暗い。 もしや、どこかで倒れているのかも知れない。 「さんは、もうここにはいないですよ」 急に聞こえてきた、どこかで聞いたことのある声。 が、ぎくりとして身体の動きを止める。 「こんばんは、さん」 「・・・お前は・・・小使いの・・・」 「はい」 の目の色が変わった。 素早い動きで、小使いの青年の襟を掴んで薔薇の木に、その背を押し付けた。 「はどこだ!?」 この青年は被害者のはずだ。 だが、月村と一緒になってに酷いことをしたことには変わりない。 手に、目に、声に、凄みを込めて、が低く問う。 「がどこにいるか言え!!」 小使いが竦みあがった。 しかし、その口元は物凄い形で歪んでいた。 「ふふ、ちゃんとお連れしますから、ご安心下さい」 些か、不審に思いながらも、は要について行くことにした。 <<<前 次>>> |