【薔薇ノ木ニ初恋ノ花咲ク】     ・・・ 2006.8.5


なるほど、拷問としてはとても有効な手段だったと言えよう。
痛い思いをせずに済んだ。 だがしかし、それは身体だけの話である。
実際にの心には、もやもやとした、それでいて鋭い棘のような痛みがずっと抜けない。
忌々しげに舌打ちする。

先輩、いますか?」

遠慮がちに聞こえてきた声。
は、気だるい表情をそのままに、部屋の扉を開けた。
そこに立っていたのは、確か・・・一年の木下と火浦。

「俺に、何か用か?」

目の前に立つ少年二人に問う。

「えっと、長身の外人さんに、薔薇の木の下で先輩を待ってるって伝えてくれって言われたので、伝えに来ました」

赤髪の方、火浦がぶっきらぼうに答えた。
長身の外人・・・薔薇の木の下・・・の頭に該当する人物は一人しか思い浮かばない。

「そうか、有難う」

礼を言うと、部屋の扉を閉じた。
その直前、木下が俯きながら少し気になる笑みを浮かべていたが、はあえて気にしないことにした。
彼はどこか昔の自分に雰囲気が似ていて得意ではなかったからだ。

は本棚から水川抱月著書の『樹の下にて』を手に取った。
雅彦の登場場面を開く。そこには、小使いの青年の写真が挟み込まれている。

「・・・・・・・・・・」

ぱたんと本を閉じると、また本棚に戻した。
本当は一言相談したかったが、は風呂に行っていていない。

「仕方ない、行くか」

マントを手に取ると、は既に暗くなった外に向かって歩き出した。








一体全体、どうしたというんだ。
はぷりぷりと怒りながら、廊下を歩いていた。
いつもより随分と遅くに寮に戻ってきたは、あきらかに様子がおかしかった。
何を話しかけても上の空で、怒っているのかと思えば、寂しそうな顔をしたりして。
夕飯はいらないと言うし、風呂はが夕飯に行っている間に勝手に行ってしまうし。
何かあったと聞いても、何もないと答えるだけ。

「ちっ」

無意識に出た舌打ち。
目の前を歩いていた一年が、肩をびくっと震わせた。
その一年が、恐る恐る後ろを振り返る。 と目が合った。

「な!?」

その瞬間、一年は脱兎の如く逃げ出す。
逃げるものは、追いたくなるものだ。は全速力でその一年を追いかけた。

「見失った・・・」

どいつもこいつも一体なんなんだ。またもや振り出しに戻る。
と、小さな声が聞こえてきた。
曲がり角の先、見えないところで潜めるような声が聞こえる。

−−− 何、フロイラインのところにか?

フロイライン? のことか? が耳をそばだてた。

−−− ああ、さっき部屋の前を通ったら木下と火浦がいた。

この声は土田の声だ。
木下と火浦・・・そういえば、先ほど自分から一目散に逃げていったのは一年の火浦だ。

−−− それで?

−−− たまたまさっき部屋の窓を閉めようと思ったら・・・が一人で外へ出て行くのが見えた。

は声の主が土田だと確信すると、曲がり角の先に足を踏み出した。

・・・!!」

土田の目に、動揺が浮かぶ。

「・・・どうやら聞かれちまったらしいな」

話し相手は、土田の隣の部屋の金子だった。

「詳しい事情は言えないが、まずいことになったかも知れない。だったな、にはどこまで話を聞いている?」

? 金子とはいつからそこまで親しくなったんだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。まずい状態とはどういうことだろう。

「どこまでって・・・」

「そういえば、火浦は確か、薔薇の木の下とか言っていたような・・・?」

思い出すように土田が言った。

「あ、おい、待て、!! 危険だ!」

引き止める金子の声を無視して、は走り出した。が危ない。
理由はそれだけで十分だった。ただでさえも、まともな状態ではなかったのだ。
が全速力で走る。頼むから、間に合ってくれ・・・!!








ぜいぜいと肩で息をしながら、薔薇の木の下までやってくる。

っ!どこだ!?」

返事はない。
辺りは月明かりだけで、非常に薄暗い。
もしや、どこかで倒れているのかも知れない。

さんは、もうここにはいないですよ」

急に聞こえてきた、どこかで聞いたことのある声。
が、ぎくりとして身体の動きを止める。

「こんばんは、さん」

「・・・お前は・・・小使いの・・・」

「はい」

の目の色が変わった。
素早い動きで、小使いの青年の襟を掴んで薔薇の木に、その背を押し付けた。

はどこだ!?」

この青年は被害者のはずだ。
だが、月村と一緒になってに酷いことをしたことには変わりない。
手に、目に、声に、凄みを込めて、が低く問う。

がどこにいるか言え!!」

小使いが竦みあがった。
しかし、その口元は物凄い形で歪んでいた。

「ふふ、ちゃんとお連れしますから、ご安心下さい」

些か、不審に思いながらも、は要について行くことにした。



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