金沢舞踏館  新聞批評 
 Kanazawa Butoh Kan
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ネット舞台批評
[ルーマニア、シビゥ国際演劇祭]

アプラウズ マガジン
記事 オアナ メデゥレオ
2014年6月9日

晩秋の閃光

シビウ国際演劇祭2日目、その作舞技法によって舞踏の国境を拡大している金沢舞踏館の登場は、多様性と独自性を目指す今年度の演劇祭に大いに寄与するものである。舞踏は現代のダンスの中の伝統的な形式から離れたアバンギャルドなダンスであり、その生誕は半世紀前に遡り、グロテスクなイメージに訴えたり、ミニマルな舞台、特にミリ単位でコントロールされたスローモーションな動きによって、タブーとされるテーマに巧みに取り組み表現するものであり、暗黒舞踊としても知られている。

晩秋の閃光は、今年金沢舞踏館がシビウで公演する2作品の内の1つである。
様式は他のダンスと共通するものもあるし、アーキタイプを呼び起こすイメージを作り出しある種の不思議な雰囲気がある。演出、振付、構想の山本萌は感情と技巧の間を揺れ動く舞台を作り上げた。舞踏の魂という意味では、山本萌は、その身体で調和のとれたラインを描くことではなく、彼の生から引っ張りだされた心の動きや感情を表現することを希求している。パートナーである白榊ケイと共に、彼らが常々宣言しているように、心の開かれた観客に対して、公演によって、想像力を刺激し、観客一人一人が、心の奥深く根付いた記憶を呼び起こし、この作品の脚本の筋立てを解読することは難しいのだが、個人的な物語を作れるような作品を、創造している。二人の老人ー彼らの晩秋を生きる二人の登場人物ーが、その個性を通して、二人それぞれが、個人としてこの世に生きているという事実を確認するため、必死の努力をしている。しかし隔離された身にはその逆が強いられている。彼らの行動は奇妙である。というのも、現実と幻想の狭間にある記憶の不安定な状態を衝撃的な成り行きとして表現しているからである。この現実と幻想の狭間で、二人の舞踏家は、意味の詰まった振付で、完全で、十分に呼吸し、馬鹿をやったり、子供時代に帰ったりしたいという衝動を、顔を歪めたり、気ままに踊ったり、夢のように踊ったりして、生き直し、移入する。

音やビジュアルな空間創造と、ダンサーの、動きの集中度、強度と自在性が、時にはグロテスクではあるが、演劇的なダンス公演にうまく結合している。 そこでは、登場人物は時には、暗く、時には優しい世界に捕われた者としてあリ、彼らや、唯一彼らが生きることを余儀なくされた記憶を侵略するものとしてのイメージで構成されている。晩秋の閃光の公演は、人が自分の存在を他の人々に知らしめたい、表現の自由を表明したいという必要性、つまり、人生の晩秋にたどり着いた人間にとっては、自分の心の声を自由に表現し、最後の瞬間まで決して諦めず表現するものだというそういう状態に身を投じる貴重なチャンスなのだということを証している。山本萌と白榊ケイによるこの作品は、不思議で、深く、深淵、そして音と照明などのビジュアル、そしてダンサー達の妙技が相まって、フェスティバル二日目に行われた公演の中でも。非常に特別な五感の、感情的な経験をもたらすものであった。
          
           


新聞批評
[グラーツ記事より]
エリーザベット・ヴィルグルーバー・シュビッツ

記憶の深淵で

日本の舞踏との感銘深い邂逅

{グラーツ} 死と向き合うことで、記憶はより鮮明になる。
“記憶の海(The Sea of Memories)”においてブトーダンサー(舞踏家)モエ・ヤマモトとケイ・シラサカは、
死の床からスローモーションで徐々に生へと目覚めていく。
恰も他者に操られ、亡霊の如く白く塗りたくられたマリオネットのように、
両者はごつごつした存在を反映しつつも、ごく稀に調和と繊細のしなやかさが語られる。
 踏み鳴らし、内なるものを外部へと向かわせる
“暗黒の舞踏”(『ブトー』のドイツ語的解釈)の中で、機械・動物・草花に対する意識の連想が芽生え出す。

60年代に起こった日本の表現舞踏との更なる感銘深い邂逅。
今回は、シュタイアーマルク州のカルチャー・イニシャティブではなく、
“グラーツ2003”及びEU-Japan-フェストの枠内での
テアター・イン・パレ(Theater im Palais)のタンツテアターフェスティバルに於ける催しである。
二人の優れた舞踏芸術家は、自らの身振りや動きの正確な演技に対して熱狂的な喝采を受けた。
 しかしながら我々の文化領域から見れば、やはり日本は計り知れないほど深い精神を持った
遥か彼方の国であり、その結果、イメージや肉体言語に関する幾つかは、ここでは、
記憶の深淵へと沈んでしまう危険を冒すこともありうる。





キーワード
舞踏・山本萌・白榊ケイ・暗黒石棺・腹中のむし・男爵・鬼・内臓感覚・身体表現・さめやらぬ・ワークショップ