金沢舞踏館 新聞批評 
 Kanazawa Butoh Kan
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新聞批評
[グラーツ記事より]

記憶の深淵で

日本の舞踏との感銘深い邂逅

〈グラーツ〉死と向き合うことで、記憶はより鮮明になる。
“記憶の海(The Sea of Memories)”において・br> Aブトーダンサー(舞踏家)モエ・ヤマモトとケイ・シラサカは、
死の床からスローモーションで徐々に生へと目覚めていく。
恰も他者に操られ、
亡霊の如く白く塗りたくられたマリオネットのように、
両者はごつごつした存在を反映しつつも、
ごく稀に調和と繊細のしなやかさが語られる。
 踏み鳴らし、内なるものを外部へと向かわせる
“暗黒の舞踏”(『ブトー』のドイツ語的解釈)の中で、
機械・動物・草花に対する意識の連想が芽生え出す。
60年代に起こった日本の表現舞踏との更なる感銘深い邂逅。
今回は、シュタイアーマルク州のカルチャー・イニシャティブではなく、
“グラーツ2003”及びEU-Japan-フェストの枠内での
テアター・イン・パレ(Theater im Palais)のタンツテアターフェスティバルに於ける催しである。
二人の優れた舞踏芸術家は、自らの身振りや動きの正確な演技に対して熱狂的な喝采を受けた。
 しかしながら我々の文化領域から見れば、
やはり日本は計り知れないほど深い精神を持った・br> 遥か彼方の国であり、その結果、
イメージや肉体言語に関する幾つかは、
ここでは、
記憶の深淵へと沈んでしまう危険を冒すこともありうる。

エリーザベト・ヴィルグルーバー・シュピッツ







キーワード
舞踏・山本萌・白榊ケイ・暗黒石棺・腹中のむし・男爵・鬼・内臓感覚・身体表現・さめやらぬ・ワークショップ