大野直子

第三回  東京都小川町・幸せの夕暮れの巻

 午後3時。仕事の打ち合わせの帰りなんかにふらっと本屋さんに立ち寄ることがある。
 1、2時間、こっとりといろんな新刊を眺めて、雑誌をパラパラとめくって、写真集で遊んで、お店を出ると、晩秋のこのごろは、日がとっぷりと暮れていたりする。
 そこは、夕暮れの、知らない街。
 さっき入ってきた街とは違う街に出てきたみたいだ。あたりは、胸の奥をぎゅっと締めつけるような葡萄色。ふらふらと街を歩くと、迷子になったみたいで、そわそわしてくる。主婦だって、時々は迷子になりたい。
 わたしは、夜がストンと落ちる少し手前の、そんなひとときがたまらなく好きだ。

 このあいだ、東京近郊の私鉄沿線の町、小川で、幸せな夕暮れどきを持った。
 小川は前にも書いたが、娘が通う武蔵野美術大学がある町。仕事がらみの用事ができたわたしは、ちょうど行われている武蔵美の芸術祭を見ようと、娘のアパートに転がり込んだのだ。
 芸祭はなかなかに面白かった。
 正統派の油絵や日本画から、これって…ゲージツ?と思わずつぶやいてしまうものまで、多種多彩。広場にもうけられた特設リングでは、1日中、プロレスをやっていたし、怪しげな模擬店といかがわしげなフリーマーケットがずらり。「あなたのアルコール度、チェックしまーす」と、白衣を着込んだ椎名林檎風看護婦さんが、リトマス試験紙をピラピラさせながら何人もうろついていた。これは、昨年起きたアルコール事件の再発を防ぐためのものらしい。〈ぼくらには、防衛団がある、看護団がいる。〉という芸祭のキャッチコピーには笑ってしまった。
 ま、それはそれ。問題は、ここから。何が幸せの夕暮れか…だ。
 わたしは、若さのエネルギーにちょっと当てられながら、娘より先に大学を出た。アパートに帰り着く前に、どうしても見ておきたいところがあったからだ。娘が始めたアルバイト先がどんなところか、遠目にでも見ておきたかったのだ。
 前の晩、娘が働いているステーキハウス・ボストンの場所を聞いたにも関わらず、いざ小川駅前の商店街に行ってみると、それらしいお店は一向に見つからなかった。わたしはあてもなく疲れた足を引きずって歩いた。娘と食べようと思って買ったお弁当やミカンが入ったスーパーの袋が重かった。
 これは見つからない…と思ったわたしは、駅前で自転車に乗り込もうとしている、会社帰りの若いサラリーマンに訪ねてみた。オニイさんは首を傾げた。
 もう少し歩いてダメだったら帰ろう。ネオンがどんどん輝きを増していた。
 西武新宿線の線路脇をとぼとぼと歩いていると、さっきのオニイさんが自転車にまたがって猛ダッシュでこっちに近づいてくる。
「ありましたよ、ステーキハウス・ボストン。一緒に来てください」
 オニイさんはスーパーの袋を自転車のかごにひょいと乗せると、早く歩くよう、わたしを催促した。その店は、娘が言っていたアメリカンカントリー調ではなく、アイヌコタン調だった。見つからないわけだ…。あっけに取られていると、オニイさんはアッという間に自転車にまたがって行ってしまった。
 濃い葡萄色に浮かぶ小川町・中宿商店街。この町が急に自分の町に見えてきた。



 大学の夕暮れ

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