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(C)2003
Somekawa & vafirs

忘れられない風景、思い出せない景色

泉vafirs智

 私は呑ん兵衛である。毎日ほぼ決まった時間に、決まった量の酒を、規則正しく呑んでいるので、 年に数回有るか無いかの『休肝日』は、すこぶる体調が悪い。 また、スポーツジムで規則正しく水泳に励む私が、『休館日』に何もしないと、これまた調子がよろしくない。
 そこで、『休館日』には『街歩き』を行うことにした。光や風を全身で受け止める爽快感に、 今では水泳以上の楽しみを見出している。あとは、めったにない『休肝日』を、いかに安息に過ごせるかである。 というか、規則正しく『休肝』しろよ、おれ。

 私にとっての『歩き』の起源は、ロブロイマスター染川氏を総隊長とする『おとな登山隊(仮称)』への加入にある。 隊員は、北は遥か彼方から、南は遠方のはてまで、地球規模で点在しており、 その数たるや数千人とも数万人とも噂される中、数えたら数人だった。そんでもって、現在活動休止中である。 この登山隊には、組織として行動する場合、唯一以下の不文律が存在する。
『本隊における登山の使命は、目的地において、まったりすることにある。』
なお、附則では、次のように定義されている。
『本則の<目的地>とは、登山開始地点と山頂とを結ぶ登山道の中途地点をいう。』
『本則の<まったりする>とは、次項の(1)を成し、かつ、(2)を成さない事をいう。
  (1) 水を熱して沸騰させ、その平地との沸点の違いに感動しつつ、コーヒーを飲む。
  (2) 目的地より高度の高い方角へ歩く。』
 要するに、決して山頂には登らずに、なんとなく途中でコーヒーを沸かして飲んで、 時間がきたらそのまま下山する、ということだ。 山頂に登らない理由は、『山の頂は眺めるものである』という奥ゆかしい行動美学があることと、 おおむね登頂目前にして力尽きるということにある。 コーヒーを沸かして飲む事の意義は、ある種、屈折した余裕の表現であり、 その本質は、前夜の酒が残る隊長の酔い醒ましであったりする。

 この崇高にして超然的な、あるいは自虐的にも抑制の効いた、もしくは中途半端で弱々しい『おとな登山』が、 私の『歩き』の原点ではあるが、ある時、はしゃいで下山したのが原因で膝を痛めた。 はしゃいでいる時点でもう、おとなでも何でもないわけで、どうもそれ以来、 垂直方向への移動が性に合わず、いつしか登山は休止してしまった。

 染川隊長や他の隊員達は、個人的に色々な山の山頂に登ったらしい。 また、ある健脚の御仁などは、ペットボトル1つで白山山頂へ駆け足で登り、 すぐにまた駆け足で降りてくるらしい。凄いというか、なんというか、・・。 まあ、心の広い私としては、ニコニコしながらその話を聴き、家に帰ってから 人知れず涙ぐむのだった。
『オレだけが山頂に登っていない・・・重力なんて嫌いだ。』
 ということで結局、水泳や街歩きなどの水平移動性運動(?)に、身も心も奪われるようになったのである。

 さて『街歩き』であるが、私の楽しみは、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、 昭和30〜40年代の地図を携えて街を歩くことにある。 四車線道路で分断されてしまった旧生活道路。 鉄道線路であった頃を偲ばせる、美しい曲線フォルムを保つ街路。 巨大な紡績工場の跡地に建つ、大型複合商業ビル。 旧型構造のまま、今も田んぼの真ん中にそびえ立つ送電鉄塔。 昔はさぞ賑わったであろう旧商店街。 地形すら変貌させる広大な分譲ニュータウン。 今まさに地図のここに立っている実感を想起させる『三角点』の所在。 錆び付いた遊具が夏草に覆われる、児童公園の夢の跡。 そして、昔と変わらぬ神社の佇まい・・・。

 歩みを進めるごとに、連綿と続く人間活動の、ときとして躍動的な建設と、ときとして刹那主義的な破壊とが、 折り重なるように流れた時間の『褶曲層』として展開する風景に、私は心地よい意味も含めて胸が苦しくなる。 私がまだこの現実世界に存在しないあの日あの時に、ここを電車が走り、土煙を上げて三輪トラックが工場を往来したのであろう。 私の認知しうる世界が、まだ生まれ育った小さな町でしかなかった幼い日々にも、 初めて訪れるこの神社で、どこかのハナ垂れ小僧が駆け回り、今と変わらぬ姿で、あの送電鉄塔が風雪に耐えていたのであろう。 『遺されたもの』が宿す、封印された声無き叙述を解きながら、私は歩く。 『跡を継ぐもの』に潜む、微かな栄枯の残り香を追うように、私は歩き続ける。 そして、まるで発掘作業をするかのように、丁寧に時間の『地層』を剥がしながら、 脳内に去来する『出土品』を慈しむとき、私はやはり、『遺跡の風景』が胸の奥深くに刻み付けられる、 そんな苦しみと心地良さを感じるのである。

 しかし、そんな激しく移り行く町並みもあるが、実はゆったりと流れる時間に包まれた集落のほうが、まだ多い。
 ここは、とある岬町である。火力発電所の立地で、たいそう立派な道路がついた海岸と、急峻な山肌に、 へばりつくように続くひなびた漁港が広がる海岸を併せ持つ、小さな小さな半島の先っぽに、その岬町はあった。 私はいつものように、グレーのキャップを深めに被り、ミラーコーティングのサングラスをかけ、 インナーイヤーヘッドホンから溢れ出るように音楽を聴きながら、テクテク歩いてその町の入り口に差し掛かった。

 のどかに広がる畑と、その傍らで作業する老婆の姿をぼんやり見過ごそうとした時、 なんとなく目が合った、ような気がした。そして、一瞬老婆の口が動いた、そんな気がした。
『ん?なにか話しかけられたかな?』
私の耳は音楽に支配されていて、外界の音はほとんど聞こえない。
『まっ、いいか。』
さほど気に留めずに、私はさらに歩き続けた。

 しばらくして、道路脇で魚網を広げる男性の横を通り過ぎようとした、とそ の時、ゴモゴモッとした明らかにその男性の声であろう音を後頭部に受けた。 私は歩きながら、とっさにヘッドフォンをはずして振り向いた。 しかし、男性は何事も無かったかのように下を向いて黙々と作業を続けている。 耳に聞こえるのは、遠くの波音だけである。
『なんだぁ?』

 少々怪訝な気持ちを引きずりながら、細い路地を通って集落の中を歩いた。 ほどなく前方に、洗濯物を取り込む女性が見えてきた。だんだんとその距離が縮まる中、私はなんとなく音楽のボリュームを下げた。 そして、まさにその女性の横を通りかかった時、彼女は私の方を見てこう言ったのである。
「こんにちわ。」
「えっ!?あっ、こ、こんにちわ・・」
ドギマギする私が返答し終わらないうちに、彼女は洗濯物を両手に抱えて、そそくさと家の中へ入っていった。
 なんと挨拶されたのである。さっきのばあちゃんも、おじさんも、見ず知らずの私に、挨拶をしていたのである。

 登山をしていると、この『コンニチワ』をよく体験する。何度も続くと、 その形式的な側面が露呈して辟易するのだが、私は、この『コンニチワ』の 意味するところが、以下の2点に集約されると考えている。
 1:すれ違った見知らぬ者同士が、お互いの『登山』という非日常的行為の連帯性を、無意識的に共有しようとする。
 2:登山道という狭い道幅により、見知らぬ者同士が異常接近することによって発生する動物の本能的緊張を、非敵対意思を表現することで緩和しようとする。

 ここは街中であり、登山道ではない。 しかし、昔ながらの素朴な生活習慣として見ず知らずの人にも挨拶するという事は、有りうる。 また、この地域一帯が昔からの教育で、とにかく挨拶することが風習になっているという事も、有りうる。 もしくは、防犯上の観点から『よそモン』には一声かけて・・という事も有りうるだろう。 確かに私は『よそモン』であり、ある意味『不審者』かもしれない。 そして、現にその『不審者』は、ドギマギしているのである。

 だが、私にも良心のかけら位はある。挨拶を受けたならば、それに返答せねばならない。 さっきのばあちゃんの所へ戻って、失礼を詫びたいくらいだ。
 う〜ん、これは気が抜けない。誰かが物陰で、挨拶するタイミングを虎視眈々と狙っているかもしれない。 先程すれ違った子供も、いつ何時、私の隙を突いて挨拶してくるかわからない。 もう音楽を聴いている場合ではなくなっていた。登山道の場合とは逆の意味で緊張していた。 『挨拶する街』に迷い込んだ私は、ますます不審者よろしく、キョロキョロしながら歩いていた。

 『あっ、女子学生だっ!』
前方の曲がり角から不意に現れた3台の自転車に、今まで味わったことのないような期待と不安に包まれながら、私は身構えた。 来る、来る、どんどん近づいて来る! 白いヘルメットが眩しい。 風になびくセーラー服からは、匂い立つような若さが溢れている。 私は、多少体を硬直させながら、ギクシャクした歩調で歩き続けた。 日焼けした可愛い顔と・・・そうでもないのと・・よくわからんのとが・・・ ついに私の目の前に来た!!と、その直後・・
「こんにちわぁ〜っ!!」
出たぁ〜!!
ペダルの音に混じった元気の良いユニゾンが、微妙なドップラー効果を伴って辺りに響き渡った。 私はその時、「あーっ」と意味不明に叫んだのを覚えている。 3台の自転車は、遥か後方を疾走していった。なんだか、まるで『辻斬り』にでも遭遇したかのような感覚に見舞われた。
 とにかくその日は、不思議な緊張感と、音楽を伴ういつものスタイルで歩けなかった違和感とで、 ほとんど街の景色が頭に残らなかったのであった。

 しかし、そんなヘンテコな集落もあるが、実はさらにゆったりと流れる時間に包まれた里山のほうが、まだまだ多い。
 ここは、とある歴史国道である。今でこそ立派なトンネルが峠の下を貫いてはいるが、明治の中頃までは、 この旧道が旅人のメインストリートだったのであろう。その歴史を紐解く案内看板に続く道は、 なかなか趣もあって歩き甲斐がありそうだ。私は、いつものスタイルで、いつもの音楽を聴きながら、 いつものようにテクテク歩き始めた。

 ものの2〜30メートル位歩いただろうか、ポツンと立つ看板が見えてきた。

 『歴史国道でクマに遭遇することがありますので、
  散策は御遠慮くださるようお願いします。
                  〜○○町 建設課〜 』

あ〜あ、これだぁ・・。もう、ヘコむなぁ。 幸運にも、私は今まで野生の熊に遭遇したことが無い。ただ、その経験が無いということは、 それをもって不幸であるとも言えるのだが・・。
 それでも、テレビ・新聞等で見聞きするように、熊との遭遇は悲惨であり、絶対に避けねばならない。 車に乗っているならいざ知らず、こっちは丸腰、武器ひとつ無い。おまけに独りぼっちだ。 よく、ラジオをつけながら、声を出しながら歩けばよいなどという事も聞くが、心の狭い私には、なかなか信ずることが出来ない。
 しかし、だ。『散策は御遠慮ください』ってのは、いかがなものか? いざ進退の決断を躊躇している人間の前では、説得力を欠くのではないか? 心のねじ曲がった私には、

 『まぁ、めったな事は無いんですけどね。
  できれば散策は、ほどほどにしておいてもらえますかね。
  ほら、なんかあると後々面倒だから・・
  一応看板だけ立てておいたんですよ。
                     〜役場より〜 』

というふうに読める。 そうだ、そうだ、ほどほどならいいんだ。

 ということで、私は慎重に少しだけ先へ進むことにした。 慎重さを出すために、木の枝で地面を叩きながら歩いた。 やっぱり心の素直な私だから、信ずる者こそ救われるはずだ。 時々、わざとらしく咳払いをし、「うひょっ!」とか声を出しながら歩いた。 首筋に、じっとりと汗をかき、既に音楽を聴いている余裕は無かった。楽しいのか?オレは。

 しばらく歩くと、ほとんど木立に隠れるように薄汚れた看板が立っていた。

 『熊出没地域注意建設省』

漢字だらけの横一行、しかもヘッタクソな手書きである。 「ここは中国の山奥かっ!?」とりあえず、大声でツッコんでみた。 というよりも、『建設省』という時点でアウトである。 注意喚起のはずなのに、新鮮さも緊張感も感じられない。 そんなことでは、私の行く手など阻めないのである。

 しかし、道は徐々に狭くなり、登りも急になってきた。垂直方向への移動を感知した私の体は、 気持とともに萎えかかってきた。すると、なにやら真っ赤な看板らしきものが見えた。
『とりあえず、あそこまで行ってみよう。』
ほどなく、私はその看板を前にして、呆然と立ち尽くした。 それは、昨日今日立てられたかと思われるくらい真新しく立派なもので、 そこには大きな白文字で、こう書かれていたのである。

 『熊のオリ設置中。熊に近づかないで下さい。
            〜○○町 有害鳥獣駆除隊〜 』

えぇ〜っ!!ホントにいるのかぁ!? もう、ガックリである。ほんと、ションボリである。 「誰が近づくかぁ・・」とりあえず、蚊の鳴くような声でツッコんだ。 『おとな登山隊』とは明らかに違う屈強な体の『駆除隊』の姿を想像しながら、 もと来た道を引き返そうとした、まさにその時である!
「ヴゥゥッ・・ガサガサッ・・」

 血の気が引くとは、このことだ。一瞬にして全身の血管が凍りついた。 ガツンガツンと、肋骨を打ち破るように心臓が震えた。 ウソだっ!絶対ウソだ!どうするどうする!!??あ〜どうしよぉ!! 動いたほうがいいのかっ!?あっ、足が動かないっ!!
 黒いものが動いた。と同時に、全く無音状態になった。 私の動物的本能が、聴覚を封鎖して全身を視覚にするが如く、 瞳孔を全開状態にしたっ!!と、その直後・・
 「こんにちわぁ〜〜っ!」
 出たぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっ!!!!!

「あんちゃん、だめだよ〜、作業中だよ〜」
お、お、お、お、おっ、おっさん・・・・

 日焼けした黒い顔が、妙にすっとぼけた声とともに笹薮の中から現れた。 白かったであろうキズだらけのヘルメットは、ぜんぜん眩しくない。 汗でベッタリ体に張り付いている作業服からは、一切匂い立って欲しくない。 私は、自分が液体になってしまうかのような、そんな猛烈な虚脱感に包まれた。 それでも、怒りとも安堵ともつかぬ感情を引きつった笑顔で隠し、あくまでも 清々しい出会いを装いながら、結局もたつく声でワケの解らない事を訊いた。
「ク、クマは、ややっ、やっぱりどうですか?」
「熊?いるよ〜、この辺クマ出るよ〜、きのうも見たよ〜」
見たよ〜って、アンタ・・・

 あのオッサン、何者かは解らない。 駆除隊の人かもしれないし、地元の住民かもしれない。どっちでもいい。もう、山は、イヤだ。 とにかくその日は、チビリそうなくらいの緊張感と、音楽もへったくれもない、ヘボヘボ感とで、 全く山の景色など頭に残らなかったのであった。

 しかし、そんなビビリまくりの里山もあるが、今度こそ、本当に、ゆったりと流れる時間に・・・オレが包まれたいっ!!

<ロブロイストの日々>  毎・月始め更新いたします。