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(C)2003
Somekawa & vafirs

カビの居所

森川 千春

私は農作物の病気に関わる仕事をしている。
病気といってもその原因はウイルス、バクテリアなどいろいろあるが専門はカビである。 この職種、全国どこでも大概は「病気」担当と「害虫」担当が混在して着席している。 そのため来客時の紹介では「害虫担当の○○です」「病気を担当しております森川です」ということになるが、年月を重ねるとだんだん横着になり、同業者相手には「害虫の○○です」「病気の森川です」となってしまう。 ま、私生活もほとんど「ビョーキ」なので的を射た紹介ではある(○○氏が私生活でも「害虫」であるか否かは関知しない)。

カビというと臭い、汚い、黒い、などマイナスイメージしか浮かばないであろうが、実は「美しい」。 それに「臭い」どころか「芳香」を発するものもある。
パンや餅や浴室の壁を汚すだけが「カビの居所」ではない。 あまり知られていないことであるが?「ナウシカ」はカビの研究者である。 「きれいな水と土では腐海の木々も毒を出さないとわかったの」というように、腐海の植物は巨大化したカビである。 ミクロのカビも純粋培養すると臭くはなく、ガラス細工のようで美しい。 十分に趣味になりうるのである。 この際、仕事上のカビ(これもとても美しいのであるが・・・)は捨て置こう。

趣味のカビその1

「水生不完全菌類」という水中での胞子形成や分散に適応したグループがある。 胞子は「テトラポッド型」が基本で、種によって分枝の長短・太い細いがあり美しい。 これが変形したバリエーションに、ロケット型、羽ばたく鳥のようなものから、スプートニクみたいなもの、F15イーグルのようなものまであり、カッコイイ! 水中の落ち葉を拾ってきてシャーレに入れて観察するのが基本であるが、渓流にできる泡の中には、この手のカビの胞子がトラップされていることが多く、泡をすくって採集するのが効率良い。
オタマやスプーンを持って谷川をうろつく小太りの中年男はけっこう怪しい。

趣味のカビその2

「肉食菌類」というセンチュウ、ワムシ、クマムシ、アメーバなどを捕まえて養分を吸収する「食虫植物」ならぬ「食虫菌類」がいる。 投げ縄のようなワッカを作り、センチュウがアタマを突っ込むと、瞬時にワッカを作る細胞が膨張して締め付けるという巧妙なワナを持つものもあり、顕微鏡下で繰り広げられるカビとムシの戦いはエキサイティングである。 寄生されたクマムシから菌糸が立ちあがって胞子をつける様は、ナウシカのラストシーンの背景で、オームの死骸から生える腐海の植物にソックリ。

このカビは、落ち葉や土の中、水の中、スギゴケや藻類なんかにもついている。 ヒラタケ(いわゆるスーパーで売っている栽培シメジ)もセンチュウを捕まえる。 キノコのような木材を分解するカビは炭素源は十分にあるが、常に窒素不足の状態であるので、ムシから窒素を補給するようにできているらしい。 寄生対象のムシもミクロの世界なので、採集時にはその存在はわからない。 カンと経験でいそうな場所を狙う。

安易なところでは川原の落ち葉が良く、犀川の川原、児童会館の向かい側あたり(マスターとバーベキューをやっている所!)から2新種を含む20種以上を見つけた(今は芝生が整備されてしまい絶滅してしまった!)。 よくこなれた落ち葉の層が一番確率が高いが、針葉樹はダメ。 適度な湿り気が必要であるが、時には、反対にカラッカラの乾燥も良い。
乾燥で休眠している珍品が培養で復活してくることがある。 上を見上げて樹種を確認し、足もとの落葉のこなれ方を見て、さらには近くの湧き水や小川の位置など総合的に判断しながら探し回る。 条件をすべて満たす場所はなかなか見つからない。

登山道脇でパーフェクト!な場所を見つけ勇躍、落葉層を一つまみ採取。 そのあと、熱中、集中するうちに登山道を外れてしまった。 一時間たっても元に戻れない…やばい!遭難か?…ちょっと焦りだした頃、またとっても"あぶらっこい"(コレクターは好条件をこう表現する)場所を見つけた。 ここしかない! やった! 喜び勇んで走り寄ってみると、なんと!すでに採取された痕跡が!「こんなものにもライバルがいたのかぁ〜?」
そうではない。 カビを探しているうちに、自分が最初に採取した地点に反対側からピンポイントで戻っていたのである。 結果的に登山道に復帰した・・・。

「虫の居所が悪い」などというが「カビの居所」は「良い」!

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