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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

膿胸(のうきょう)

久しぶりに井伏鱒二の短編集を読んでみた。
さり気ないというか、飄々としてレベルの高い、彼「独特」のユーモアが実にいい。
何回読んでもその都度楽しめる作家である。

小説の内容はともかく、その中に膿胸(のうきょう)という単語が出てきた。
膿胸というと医学用語になるのだろうが、ともかく僕の場合大変な思いをしただけに忘れることはできない。
肺にバイ菌が入り、膿が溜まる事を膿胸というらしい。
もう何回か書いたがちょうど10年前に食道がんとリンパ節がんの手術をした。
その折食道は半分切除、胃は三分の一になり、その残った胃を筒状にし食道とつなぐ、という大変な手術となった。
今の医学に感謝、感謝である。
無事に手術もおわり一週間たった頃「そろそろお粥さん食べてみましょうか」という事になり少しずつ食べ始めたのはいいが、三日目くらいになり何やら息がしづらくなった。
どうやら食道と胃を繋いだ傷口から肺にバイ菌が入ったようである。

始め術後だからちょっとした後遺症ぐらいあるのだろう、と思っていたが、だんだんそんな事言っておれなくなった。
それでも辛抱していたのだが、ある日突然ほんとうに息が出来なくなった。
緊急ボタンを押すと看護師が駆けつけてくれた。
僕の様子を見てすぐドクターに連絡し、車イスで処置室へ向かったのであるが、その途中ほとんど息ができない。
過去に僕もあるが「死ぬ思いした」とか「ハー死ぬかと思った」などほとんどの人も一回や二回は口にした事があるかと思う。が、今度ばかりは本当に「死ぬな」と思った。
が、実際死んでいないので息ができないと思っても少しは出来ていたのだろう。
診察ベッドに寝かされると医師は「ちょっと麻酔するね」といいながら右わき腹の下あたりにブスッ。
それからがすごい。
直径五ミリはあろうかと思われる管をブスブスブスーと刺し込んでいく。
要するに右肺に直接管を差し込み、管を通し膿を流し出すのだそうである。
僕はなんという古典的というか、乱暴な処置の仕方だ、とは後で思ったことであるが、その時はそんな余裕はない。
実際肺に届いたのであろう、ドクドクドクーと膿が出てきた。
医師はそれを見ながらしばらくして「だいぶ楽になったでしょう」というと、これこそ魔法のように息ができるようになった。
ついさっきまでの苦しさが嘘のようである。
これぞ本当の「死ぬかと思った」であった。
ところがこれで終わりではなかった。

僕は膿が全部出きったところで管を抜き、何か薬で肺を綺麗にするかと思ったのであるが、甘かった。
そんな重宝な薬はなく、まだまだ膿はどんどん生まれ管をさしたまま、いわば膿の垂れ流し状態がこれから当分続くのだそうである。
わき腹に管を通したまま寝返りも出来ない。
出来るだけ左を向いて寝ているのだが熟睡中までコントロールできない。
右に寝返りをうった途端「ビクッ」と痛さで目が覚める。
傷口が痛いのか管先の肺が痛いのか自分で分からない、ともかくその辺りが痛いのだ。
無意味に腹がたってくるのだが、どうにもならない。
何日か経ちレントゲンを見ながらもっと効果的な位置にしましょう、となった。
ようするに肺の一番下に膿が溜まるのでピンポイントでそこに管を差し込もうという事である。
レントゲンを見ながらまたブスブスブスーと刺し込まれる。
僕もその映像を見ているが、けして気持ちのいいものではない。
結局二十日間ほどその状態であった。
ついでにその間、飲まず食わずである。
当然唇が渇く。
水は含んでもいいが呑みこんではいけない。
食べ物はというと、こんな事もあろうかと手術した折、腹から直接腸へ栄養分を送れるようにと管を通していたのである。
結果腹に出た管に点滴の要領でどろりとした物を落としてゆく。
僕は食べた事になるのだが当然そんな自覚は持てない。
常に喉は渇き、腹は減っているのである。

管であるが、最も多い時は五本ほどどこかしこに差し込んであった。
いつしか一本も無くなった時、実に晴れ晴れとした自由を「ほんとうに」感じたものである。
「自由」いい響きだ。
膿も出なくなり、管も抜けたがその代わり、肺にポッカリと卵大の穴が空いてしまった。
今のレントゲン写真は3D、実によく見える。
医師にやがて穴はふさがるのか?と聞くと、 「ふさがるかもしれないし、ふさがらないかもしれない」とまあ曖昧な答えだった。
が、これに関してはその後7〜8年経ち「ふさがりましたねえ」ということだった。
という事で、まずは酔い良いとい言う事にしておこう。

ところで今年は年末年始急性肺炎で一週間ほど入院したが、これは脾臓を全摘出した事によるそうである。
そこで肺炎にならないためのワクチンがあり、これを打つと5年間は大丈夫、という。
それは重宝ということで打って貰った。

つい先日の事であるが朝起きると熱っぽい。
体温計で図ると39度もある。
風邪かな?と思いつつ、でも辛抱した。
その日も仕事である。
しんどいのは当然として何より酒が美味くない。
結局その日は早じまいとなった。
幸い次の日はケロッと平熱になっていた。

数日後主治医にその事を話すと「一概に言えないが、染川さんの場合、軽い肺炎を起こしたのかもしれませんねえ〜」という事だった・・・。
アレッ。5年間はもつというワクチンを打ったはずだが、と思いつつ、まあ打ってからまだ数カ月しか経っていない。
「きっと効果がまだ現れていないのかな?」と無理やり思う事にした。

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