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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

二年たち、今思うこと

そろそろ退院して二年になる。早いものだ。

大まかに書くと、具合が悪くなった。入院して手術した。退院した(治った)。
でいいのだが、カッコ内の“治った”と、言い切れないなのがこの病気の厄介なところである。
とりあえず手術して二年たった。そこでひとつの区切りとして、ちょっと書いてみようと思う。

三月ごろの事である。ちょうどこのホーム・ページを(V氏)と制作しだした頃になるが、何となく胃のむかつきを覚えだした。三十過ぎのころ、胃潰瘍で一ヶ月入院した経験があり“またかな?”とぐらいに思っていた。
今は当時と違って格段に胃潰瘍に対しての特効薬があり、また実際それをお客様に頂き、(一般にPPIと言われる物)を飲んでいたが、治る気配も無く、これで治らなければもはや胃潰瘍ではなく“アレ”しかないわけである。ついでに、何やら胃への圧迫感もしだした。
じたばたする年でもなく“胃ぐらい無くてもいいか”という気持ちで、長年飲みに来てくださっているO医師にお願いしたところ、胃カメラ、となった。

カメラは食道を写しながら、ゆっくり進んでゆく。もうそろそろ胃、というあたりにモコモコッと腫瘍が見える。とりあえず細胞検査ということで後日連絡とのこと。
2〜3日経ち、O医師から電話があり“悪性の腫瘍”とのこと。ということはアレしかないわけだが、O医師いわく「胃のむかつきや、圧迫感はおかしい?」・・・という事らしい。
結局検査入院ということになり、あった。リンパ節がんである。それも結構成長しているらしく、それがすい臓と胃を圧迫していたらしい。写真を見せてもらったが確かに胃がペチャンコになっている。
当然手術になるわけだが、結構厄介らしく東京より、某がんセンターの医師が執刀に来てくれ、その日が来た。

朝九時前に手術室へ。
麻酔を打たれ、そのまま眠りについた。
その間医師たちは僕の腹を逆Yの字に切り開き、リンパ節の肥大化したがん細胞を取り除き、脾臓と胆のうを取り、すい臓を半分取り、胃を三分の二取り、それが終わると右脇腹を切り裂き、食道を半分切り取り、先ほどの切り残した胃を筒状にして、足りない食道の代わりにつなぐ。そして中に収め、切り裂いた外部を閉じて終わった。わけである。
もちろん僕が知る由もないが。

僕は意識がだんだん戻ってくると、目は開かないが、医師たちが動いている気配がわかる。麻酔が覚めてきたようだ。なぜか意識が戻ったということを知らせなければ、と思い、手に触れた服らしきものを引っ張ったりしていると「もう麻酔は切れているようだ」といった会話が聞こえる。そうこうするうち嫁さんの声が聞こえだし、目が覚めた。どうやら手術室から回復室へ運ばれたようだ。周りを見るとまだ医師、看護師、すぐ横に嫁さんがいた。
声を出そうとするが出ない。
すぐ察した看護師が五十音を書いたボードを前においてくれた。僕は右手でナ・ン・ジ、と指差した。嫁さんが「一時半よ、夜中の」と言った。おおよそ17時間掛かったらしい。
嫁さんも含め「良くがんばったねえ」と言ってくれたが、がんばったのは医師たちで僕は寝ていただけである。それどころか全く記憶が無く、夢すら見ていない。たぶん全身麻酔というのは脳も含め、全て停止状態にあるのだろう。

さてそれから一週間は順調だったが、重湯を出され食べだしたが、なんと食道の接合部分から菌が入ったらしく、肺に水がたまり息がしづらくなってきた。
だんだんひどくなり、ほんとに息ができなくなった。今まで何回か「死ぬかと思った」と口にしたことはあったが、今度ばかりは、ほんとに死ぬと思った。「うーっ」と唸りながらベッドから落ちそうになるところを看護師が見つけ、あわてて治療室へ車椅子で運び、医師を呼んでくれた。
さて医師はどうしたかというと、右わき腹からクダをズブズブ、ズブッと肺に直接差し込んでゆく。水がジョボッジョボッと出てくる。「さあこれで、少し楽になったでしょう」と医師はいったが、実際死ぬ思いからは開放された。とはいえ、これからが大変なことになった。

ばい菌に犯された肺はそうそうきれいになってくれない。しばらくしてもう一本わき腹にクダを刺し、内臓の分泌液などが逆流しないように、風船をつけたクダを鼻から差込み、途中で膨らませる。そしてそのままにする。とうぜん僕は口からも、一切何も入れることはできない。
そうこうするうち、右ワキ腹の一本を抜き、モニターを見ながら(僕も見ていたが)一番効果的な位置へ刺しなおした。その頃が一番クダの本数が多いころである。もはや忘れたが、背中には麻酔用のクダ、口には酸素マスク、首の下に一本、腹にはやがて直接腸へ栄養を送れるようにと一本、鼻に一本、手は左右常に点滴、後は説明できないが何本かあり10本以上体に繋がった状態である。
寝返りも打てない。ベッドだけの生活が一ヶ月くらい続いただろうか。今までテレビでしかお目に掛かれなかったような事が、現実に今の僕にあった。

こう書くと大変な経験と思われるだろうが、これも実は本人は周りが思うほど大変な思いをしていたわけではない。
まずは今、自分に起こっている事であり、誰のせいでもない。また直接的な体の痛み(辛抱できない様な痛み)があるわけでもない。また口に一切入れらない、といっても空腹感で耐えられない、という事もない。(もう胃袋は無い)繰り返すが、僕に限らず回りが思うほど大変ではない。それにいずれ一本ずづ取れていく。はずだ。

2003年の6月の半ばの入院に始まり、7月に入りすぐ手術し、上記したような経過があり、9月の半ばに退院となった。
最初に書いたが、“治った”と言えない病気。また食道を切っており、酸を抑える薬の関係もあり、これから死ぬまで、医師、看護師、病院ともお付き合いすることになるが、この際全て、一生の友にしようと思っている。そして全てに感謝している。

2年経ち、色々不都合はあるが幸いにして今のところ、再発、転移もなさそうである。まだまだ、生きてやろう。店も営ってやろう。そして呑んでやろう。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。