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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

Mという先生

先日20年来の常連であるM氏が来てくれた。奥能登は珠洲在住のため年間4〜5回程度ではあるが、その都度ホテルを予約し来てくれる。

中肉中背、歳も人生の真ん中40ちょい、仕事は中学の教師である。性格も丸いが顔も丸い。見るからに人のよさそうな男である。

我が店だけのときもあれば、教師としての会合、部活の顧問として生徒を引率、その度に来てくれる。 彼については色々話題に事欠かないのであるが、奥能登からということもあり、まずその都度バーボンを1本と、くるわけであるが絶対に残さない、というのが彼の心情である。といっても僕もちょっとお手伝いするのであるが、いずれにしろボトルが残ったためしがない。仮に残っていたとしたらそれは2本目のボトルである。

さすがに2本目の頃となると看板を消し、彼の横で一緒にオンザ・ロックをコトコトと飲っている。やがて朝の7時になり、8時になる。さてホテルは近くである。僕も一緒に行き、特にチェックもしないそのホテルのドサクサに紛れ、朝食バイキングをご馳走になる。(一応ただ食い、ということになるかなあ〜)

やがてチェックアウトの時間になり部屋に行き、荷物を持ってくる。要するにホテルはほとんどロッカー代わりとなっただけである。そのままタクシーで駅へ向かうことになる。とうぜん一睡もしていないが、今これを淡々と書いているのは過去に何回も、要するにけっして珍しいことではないからである。

前回など珍しく六時ごろホテルへ送った。部屋に入ると彼が「シャワーでも浴びて帰ったら」と言うので、じゃあということでシャワーを浴び、彼のベッドを覗くとグーグー鼾(いびき)を掻きながら寝ている。

しょうがない、黙って帰るわけにもいかず、たまたまビジネスホテルにしてはちょっと広めのベッド、そして夏場のこと毛布も特にいらない、添い寝することにした。(念のため身体には触れていない。はずである)数時間たち、2人で朝食バイキング(相変わらず僕はただ食い)となる。

その彼だが、音楽活動(バンド)もやっている。

なんとアコースティック・ギターを40数本持っているというから驚きである。しかし、これは音楽活動とは関係ない。彼は国語の教師であるが、自由時間などで音楽を通して、ギターを通じ、生徒と一緒に何かを学ぼう、ということに始まったのだそうである。彼自身の一方的な考えから始まっており、生徒にギターを買えなどとは言えない。要するに生徒の数だけ自腹で用意している、という訳である。あえてかく必要もないが、なかなか出来ることではないだろう。

そんな彼の気持ちを分かってかどうか、先日ギターを1本抱えて店へやってきた。聞くともう社会人として金沢にいる教え子が“ギターをくれ”という事らしい。普通なら自分で買えというところであるが、しばらくしてやって来た教え子に、ひょっとしてまだ生徒の時使っていたかもしれないギターを「ほいよ」と笑顔で差し出す。そして簡単な手ほどきをする。今はしっかり社会人となった彼だがむかしの生徒の顔になり、素直におそわっている。先生と生徒、見ていて微笑ましくもあり、羨ましくもある。素直にいいもんだ。

話は変わる。彼が来た次の日のことである。

お客は誰もいない。ふとボトル棚のブランデー、ヘネシーに眼がいった。ほとんど残っていない。そこへかなり以前からあった350cc入りのヘネシー・VSOPがあった。煤けたボトルの裏ラベルを見る「S・54年」とマジックで書いてある。54年というと1979年ということになる。VSOPというと色々なものとバッティングされるブランデーは一番若い物でも「コント4(4年熟成)」以上となる。長いものは10年以上も入っている。いずれにしろ出来てから30数年以上経っていることになる。

同じヘネシー・VSOPということもあり、開けてみることにした。僕の手元でやがて30年、目減りすることもなく状態はよさそう。グラスに注いでみると実に深い色である。香りをかいでみる。これもまた香り深い。ボトルの中で劣化するどころか、より熟成されたようである。

ゆっくり口に含んでみると実に43度とは思えない舌にやさしく、滑らかかつ、ふくよかである。何口か飲んでいるうちに体中がいい香りに包まれ、何だか温かい気持ちになった。そして昨日彼、M氏が来てくれたせいもあるが、彼のような不思議にホッとする酒だなあ〜、と思ったのである。

彼に教わる生徒は幸せだろうなあ、と思いながら僕も彼のような先生が担任だったらもっと勉強したかもしれないなあ〜、と思うのはやっぱり言い訳かな。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。