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(C)2003
Somekawa & vafirs

『ヨッパライの成せるワザ』

ヤミヨのカラス

【帰任→忘年会】

2003年8月。タイ駐在6年余りと言うウンザリする程の勤めを終え、石川県七尾市の関係会社に舞い下りることとなった。
帰国間際に、タイのアパートから七尾市の馴染みの店の候補をインターネットで検索し、アパートの近くに“5spot”と言うジャズバーがヒット。
“能登で唯一のジャズの店”とあり馴染みの店第一候補に決定。
ところが着任してみると歓迎会は、あったものの、その後、飲みに行くどころか休みも自宅に仕事を持って帰るザマで、アパートと会社の往復の生活が4ヶ月ほど続いた。

暮れも押し迫った忘年会シーズンの週末、隣の“倉庫係の主”よりお声が掛かる。 その“倉庫係の主”は20年来の付き合いでもある大先輩で、見た目はサラリーマンとは程遠く、 空手黒帯のパンチパーマでコワモテ、アッチ系の(実際にも街で大立ち回りし、組み伏せたソッチ系の舎弟もいる)伝説のオッサンで、 仕事ホッポリ出してでも参加することとした。

その頃、我が社でも派遣社員を雇用していたのであるが当時は派遣を切るような殺伐とした時代ではなく、全員参加のアットホームな職場だ。
と言うより、その派遣さんは北海道、東北から能登の地に来ている女性達で金澤の歓楽街でも稼げるほどのオネーサンたちでもありアッチ系のオッサンが放っておくはずが無い。

1次会は寂れた居酒屋だが、下手をすれば京都ではゼロが一個多く付くほど、トビッキリ旨い魚が出る店だ。
まずはビールで乾杯し芋焼酎と旨い魚を堪能。
2次会は何故かボーリング場に突入しアッチ系のオッサンはオネーサン達にイジラレルのが、とっても嬉しいらしくヘベレケのボケボケオジサンとなる。 一方、その反動は、小生を小突き回して解消していた。

ボーリング場では自動販売機で購入したサントリーリザーブの水割りの缶に切り替える。
飲みながらのボーリングはイササカ酔いの回るもんである。
さて、そろそろお開きかと思いきや、そのオッサンはボーリング場の横にあるカラオケボックスに“突入するゾー!“と、騒ぎ出し、手の施し様が無い。

元来、歌うことが嫌いではない小生は付き合うこととする。 その場はポン酒で飲み直しとなり4ヶ月間の溜まりまくったストレスとオネーサンの黄色い声援で、恥ずかしながらシャウトしちゃいました。


【5spot】

アッチ系のオッサンは任侠ものの演歌を唸りまくり大変満足したようで一張羅のシャツ・ズボンを脱ぎだす始末=ノックダウン寸前。
何とかなだめて奥さんに迎えに来てもらう事となったが、小生は“もっと唄いたい!”スイッチが入ってしまった。
ボーリング場から家路に着くが大声で唄いながら2キロほど歩いたところで暗闇に浮き上がる看板が目に入った。
タイで見つけた“5spot”であることに気付き躊躇せず突入!

店に入るとカウンターを中心にボックスがあり、隅に6人ほど、洒落た格好の男女が飲んでいる。 小生はカウンターに陣取りフォアローゼスのボトルを入れた。
店を見回すと壁にはナンやらサインが至る所に書きなぐってある。
隣の壁には上を向いてトランペットを吹く人物のオブジェ。
照明の明るい場所にはピアノ、ドラムス、立てかけたギター、ウッドベースが目に飛び込み“唄いたい“衝動は更に加速する。
カウンターの中にはマスターと思しき50代であろう男性と若い女性の2名が入っており、その男性が小生に“初めてやね?”と話しかけてくる。
タイから帰国し七尾に赴任したことなどアリキタリの自己紹介の後、“唄わせてくれ!”のお願いが始まった。

カラス:タイに行く前は金澤のロブロイと言う店で歌ってたことあるげん。
ロブロイ!知ってる?ブルーズの店やけど。

マスター:さぁ、知らんなぁ。そう言うお客、結構来るよねぇ、この店。
でも、演らせてみようとすると、しり込みして誰一人弾いたことないんやわぁ。

カ:そりゃ、そいつらがヨッパラって言ってるだけやん。俺は、ちゃう!

マ:ほー、言うたねぇ。えっちゃん!セッティングして!

有無も言わさず横にいる女性に指示し、彼女はマイクスタンドを移動させ初めた。
楽譜も無く、かつ当時のバンド(=ジムクロ)時代のリードギター(=カジーもベーヤン)もいない丸腰の自分に気付き酔いが覚め始める。
“えっちゃん!”と呼ばれた女性はピアノのイスをずらし簡単なステージが出来上がる。 ポンとギターを渡された。後には引けない。
渡されたギターはストラトキャスターだ。 弾いてみると音はペラペラだが、アコギと違い重量があり太ももに圧し掛かる。
ピアノ用のイスに座ると座高は高めにセッティングされておりギターを載せる右足は爪先立ちになるものの、高さを調整する雰囲気でもなく、そのまま“自称オハコ”としている“上を向いて歩こう ブルーズバージョン”を演りだす。
演奏途中、爪先立てて支えていた右足がギターの重さで、すぐに震えだした。 それでも意地で演っていると、隅にいた男女が席を立ちカウンターに移動し聞きだしてくれるではないか!

なんとか演り終えてカウンターに戻ると隣に座った女性は満面の笑顔で話しかけてくる。 マスター曰く“今日は江戸(東京)からプロのジャズシンガーとプレイヤーを呼んでライブやった後なんや。
そこにいる奴らがそうで、今ライブの打ち上げをやってたんよ!”
(カラス、目がテン。。。。)
横の彼女は、そのボーカルで、しかも出しているCDには“上を向いて歩こうジャズバージョン”が入っていると言う。
それから、意気投合し“ワァー”と掛け合いが始まった。。。。ようだが、記憶が飛んで何も残っていない。 (小生の唄を気に入って頂いた上で申し訳ないけれど、そのシンガーの名前も記憶ナシ。)

“ヨッパライの成せるワザ“ここにあり。。。。。


【その後】

あれ依頼、七尾での行き着けは5spotとなった。
しかも暇があれば、ジャズの店だと言うのにブルーズもどきの小生に演奏させて頂き、とっても良いお付き合いをさせてもらっている。
京都に転勤になったときも数名だけれども小生の歌を好いた人で送別会をやって頂いた。 (ジャズと言う耳の肥えた皆さんなので甚だ申し訳ないけれども。。。。)

今も嫁さんの実家でもある七尾に盆と正月に帰ると、サンガニチであろうが店を開けてくれ、 毎年下手糞になっていく我が演奏に文句を言わず耳を傾けてもらっている。(5spotのマスターに感謝!)
“もっと金とって、いいんじゃない?“と思えるほど飲み代は安い。 また江戸界隈のジャズのプロ連中にも有名な店だと聞く。
能登でジャズの灯を消さずに頑張って欲しい。

終わり

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