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(C)2003
Somekawa & vafirs

金沢 BAR <主のひとり言>

身分証明書

つい先日、また誕生日がやってきた。
65回目である。
どうせ毎年の事。
ましてやこの歳「特に意識などせんわい」とは思っているものの、やっぱり忘れてはいないものである。
ただ年齢が経つに従い自分自身も含め、誕生日に対する意識が限りなく薄くなっていくのは事実だ。

もう数年前から嫁さんと娘に「おめでとう」の言葉をもらうだけだが、今年はたまたま日曜日に重なったため、夜の食卓には、刺身の盛り合わせと熱かんが出てきた。
久しぶりに言葉以外が付き、その辺のスーパーの盛り合わせもまんざらでもなかった。

ところで僕は飲み屋、自由業である。
定年はない。
しかし65歳というと一般的にはすでに定年退職、悠々自適の年金生活である。
もちろん再就職された方とか居られると思うが、ともかく65歳というともうすぐ70歳である。(無理やり四捨五入しなくてもよいが)
若い頃は、もう老人ではないか、と思っていたものである。
が、意外にも早くやって来るし、むかしの65歳と今の65歳とは同じじゃない。
ようするに現代の方が気持ちも、体も若い、と言いたいのである。
しかしなんの根拠もなければ、またそんなデータらしきものを聞いた事も、見た事もない。
たとえば昔の写真は沢山残っているわけで、何十年か前の65歳の人たち百人。
そして今年の65歳百人の写真を見比べてみればすぐ分かる。
が、そんな無意味な、暇な研究者はいないだろう。

実際あったとしよう。
ひょっとしてその年齢、65歳は今も変わらないのかもしれない。
当然容姿も。
とすると本人だけが、「俺はこの歳にしちゃー、若い」「まだ老人には見えないはずだ」とまぁ、ひとり平和に思っているだけかもしれない。
とすると、昔僕が思っていたように、今の若い人たちは、65歳になった今の僕を見て「老人」、と見ている事になる。
実にショックであるが、歳は遡れないし、事実だ。
と書きながらも、どっかに逆らいたい僕がいるのである。

つい先日久しぶりに劇場へ映画を観にいった。
「マッドマックスC」である。
一作目は警官であるマックス(メル・ギブソン)が凶悪なバイクの暴走グループとの対決である。
まず相棒を無残に焼き殺され、マックスの妻と子もバイクでひき殺される。
それから復讐の鬼と化したマックスは暴走グループをひとりずつ殺していく、というストーリーであった。

さて二作目となると、なぜか砂漠地帯になり、いくつかのグループがガソリンを奪い合う?と、そんなようなストーリーだったような気がする。
いずれにしろ一作目との関係性はほとんどなくなっていた。
三作目となり、四作目ともなるともはや主役であるメルギブソンも出演していない。
トム・ハーディという知らない役者に変わっていた。

ストーリーはと問われると、なんとも応えられない。
あの映画を観ていない人に、分かりやすく、かつ面白く話せる人がいたとしたら会ってみたいものだ。
とにかく砂嵐も吹く荒野。
簡単にいうと、何人かが緑を求めて行く。
それを後から阻止しようと追いかける、それだけである。
何十台も車が出てくるが、普通の車など一台も存在しない。
改造を通り越し、装甲車もしくは戦車を改造したとでも想像してもらえれば、ちょっとは伝わるかもしれない。
ついでに普通の人間もほとんど出てこない。
何故か「ゾンビ」らしきものがウヨウヨいた。
さあ観終わった。
帰りながら、ふと「オレ、何観たんかな?」・・・それだけだった。

ところで映画の内容を書こうとしたのではない。
そこの映画館は60歳より「シニア料金・千円」だそうである。
実にありがたい。
僕は65歳、立派なシニアである。
切符売場で「マッドマックス・シニアで」というと店員が「有り難うございます」といいながら切符を渡し「一応身分証明書見せて頂けますか?」 僕はアッと思い免許証を差し出すと、一目見て「千円頂きます」という事で僕は千円を払った。

一応身分証明書を、と言われた事に、けっして悪い気はしない。
なぜならひょっとしたら、この人(僕)はまだ60歳になっていないのでは?と女性店員は思ったのかもしれない。
とまあ、そんなように受け取る、僕のような平和な馬鹿がいる・・・それも分かった上で、「シニアは必ず確認するように」となっているのかもしれない。

しかしだ。
もし背を丸め、杖をつき、明らかに80代、90代に見える老人が切符を買いに来たとしよう。
やっぱり「身分証書」を、と言うのだろうか・・・。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。